rkym6921のブログ

基本じっとしていない自分が、最近何を何をして、何を感じているのか書き綴ってみたいと思います。

6ヶ月前は自分が大嫌いだったけど、今は自分のことが前より好きになりました

田舎を飛び出して変えたかった東京で長期インターンのきっかけと何を考え、何を得たのか、その全貌を綴りました

 

今の自分が本当に嫌いで、だからこそ今の自分を変えたかった

 

自分の学生生活は順風満帆だと思っていた。

 

大学入学当初、単位の取得が目的化された大学の授業に意味を見いだせず、バイト漬けの生活をしていました。英語を学びたくて教育学部の英語教育選修に入学したのに、英語も教育の授業はないし、周りの学生も意識は低いし、そんな日々に焦りを感じていました。そんな時、意識の高い友人に刺激されてフィリピン留学に行って、世界が広がりました。その後、行動力が爆発して後悔ないよう行動しようと一年発起。カンボジアのボランティア、イベント団体の立ち上げなど精力的に活動してきて、大学3年生まで比較的意識の高い方だと思っていました。当時の自分にとって山口はとても窮屈だったんです。
そこで会った意識の高い、自分よりも優秀な学生や社会人たちに会うことがたくさん増えてなんて自由なんだろう、もっともっとそんな人たちに会いたい。そんな憧れで就職活動をすることにして、学校という狭い世界よりももっと世の中を知るんだ、そいう思いでOB訪問や就活イベントに出て就活生とネットワーキングしたり、就活情報をライングループで流したりして高校と違って好きなことを自由にできて楽しかったし、自分はこんなに動いているのだから大丈夫だろうと思っていました。


軸のない自分、人の期待の中で生きてきた

ところが、あるベンチャー企業を東京から地方大学に呼ぼうと企画したとき、就活の中地方の学生のために頑張って企画して集客して「誰かのために自分の就活もあるのにすごいね」「いい活動してるね!頑張って!」そんな応援の声が嬉しくて自分の興味のあった企業の研究もそっちのけでイベントの企画・集客をしていました。目の前の人が喜んでくれることがただ嬉しくて。
でも東京の企業に興味のある学生はいても、地方銀行公務員派が圧倒的人気の地方ではなかなか「東京のベンチャー企業」という言葉が刺さらず人は集まりません。どうにか友人の後輩を連れてきてもらってなんとか10人集めたものの、企業さんも2社だけしか集められず、来た友人に一言ずばりと言われました。「自分の就活もあるのに人のためになんでそんなにできるのか分からん。」
その時は、自分の力の無さと人のためにしか頑張れないと言われたようでただ悔しくて悲しかった。
誰かのためにイベントをやって今まで成功してきた自分の中でが自分への自信も壊れました。
「〇〇って突っ走るよね。もっと周りを頼ればいいのにさ。」
ただ自分のやったことの否定に聴こえて、期待に応えられなかった、自己肯定感が低くなり、「できない自分」という想いだけが募っていったんです。

~ひとりよがりの「誰かのために」じゃだれも喜んでくれない、一人じゃ何もできない~
就活が解禁した大学4年4月の出来事でした。

 

お祈り連発の日々~自己肯定感完全喪失

そんな感じで自信も喪失し、何をやりたいのかも明確でなかったので受けてきた企業からのお祈りメール(不合格通知)が続きます。
一番興味のあった人材の企業には最終面接で2社落ちました。自分に自信のない人間なんて企業は欲しくないですよね。
 …なんてダメな自分なんだろう。あんなに人の人生の転機や自己実現に関わりたいと思っていたのに自分の人生も変えられない...
自己否定が続きます。そんな中で就活もそこそこに教育実習を迎え、6月の最初に入った週、自分と同じように就活をしていた男子が内定の電話を隣でもらうのを目の当たりにしました。焦りが絶頂でもうどうしていいのか分からなくなりました。日々、涙がこみ上げていました。


励まされて、ご縁があってもらった内定

そんなとき就活の相談に乗ってくれたのは大手損保に務めて面倒見のいい叔母でした。
自分の会社の話やその周りの会社員の話をしてくれた。自分がもともと作った自分のネットワークから先輩に連絡を取って保険会社の知り合いのつてを当たってもらい、何人もの人からアドバイスをもらって徹底的に情報収集しました。
結果7月の選考で受けた会社5社のうち1社大手損保の地域職で内定を頂くことができました。しかも、その少し前に、知り合いに紹介された会社の人事の方に会って、なんとタイのベンチャーで働く話も頂いたんです!結果はすぐには現れないのだと。本当に努力した人にしか結果は出ないのだと学びました。

でもそのとき自分の内心は、念願の内定だというのに数週間ずっともやもやしたままでした。
そんななかで学生最後だと思って開いた団体での学生合宿コンパス。コンセプトは「人生の指針を探す旅」。後輩たちに伝えたかったのは、自分にとっては何がやりたいのかヒントは自分の心の中にあって、夢がない人でも行動すれば変わるのだと、答えは自分の中にあるんだというメッセージでした。
...これを考えている間は夢中になれる...内定の話を忘れるように没頭して企画から準備までほぼ一人で考え、協力してくれるこに相談しながらやり取りが続きます。
イベントが終わってからかなりの達成感があって、ひとつ自分でも答えがみつかったような気がしていました。
人のために何かをするのが好きでそれ以上でもそれ以下でもないこと。まだまだ新しいことを学びたくて挑戦したい自分がいること。田舎にずっとつなぎとめられることを心からは臨んでいない。人との繋がりを誰よりも好きなそんな自分。
内定先が自分の本心に沿っていないようでもやもやして、自分でも分からなくて。それをずっと解消できませんでした。
「何もしなければ今は変わらない」学生最後の夏休み、いてもたってもいられなくなりました。


受け入れられず飛び出す~タイ放浪一人旅

そんなとき、前からしたかったバックパックに行くことをふと思いつきます。
タイの企業も行ったこともないのに飛び込んで自分の社会人の最初数年を過ごして搾取されるのはもったいない、そんな思いがありました。
以前から思い立ったら即行動派なので、2週間の往復の格安航空券を予約し、必要な道具をそろえ、不安をできるだけなくすために最初の1週間は日本人案内者と行くタイのダイビングプランに予約し、3万円のお小遣いだけ持ってバックパックひとつでタイに出発!
そんなタイの2週間は最初は日本人旅行者の急なキャンセルで参加者の女子はひとり、付き添い人と男の子3人とタイでの旅が始まりました。雑多なタイの雰囲気に慣れずに観光地をツアーメンバーと行きながらタイでの生活の術を少しずつ覚えていったのはなんだか新しい挑戦でワクワクします。大学時代に派遣であらゆる旅館に派遣され、飛び込んだ先での対応力・適応力は自分の強みでした。
島でのダイビング生活はローカルな自然に囲まれのんびりしていて、出会った日本旅行者との道中は個性的で人生を楽しんでいる人が多くてとんでもなく楽しかったんです。自分の自然や異文化への強い好奇心が刺激され、終始楽しい。しかし、戻ってから始まった一人旅はひたすら孤独でした。
連絡が取れるのはWi-Fiがある限られた建物の中のみ、地図も観光マップはあいまい過ぎてタイの人にも英語が通じない。バスの遅延は当たり前、宿は汚くて外国人ドミトリーが男子と同じ部屋のことも。乗ったタクシーのドライバーはホテルに連れて行きたがるし。。。正直しんどくて、時間を無駄にしているようにしか思えなかったんです。
やんでいるときの自分ってこんなにも決断力もなくて、精神力もないのだと悟りました。その時はただひたすら不安でした。不安がこんなに人の判断力を鈍らせるのだと知りました。
なんだかんだで日本人宿に着いて今まで仲良くなった旅友達と話すことが自分を慰めてくれていました。
自分自身が一人では本当に何もできなくて無力で、でも自分が動いて築いてきた人との信頼関係と自分の勘だけが自分を助けてくれたように感じていました。
そこでの一つの決断は海外には憧れるけれど「心に不安が立ち込めている状態でタイでは一人で暮らせない」これがこの旅での結論でした。




「やりたければやればいい」という言い分け・現実逃避の休学へ


日本に戻ってくると、そのころ相談に乗ってくれていた別の学部の教授から度々学生ベンチャーをしないかと起業の話を持ち掛けられました。
このまま就職せずこれを成功させるという選択肢もなくはない。正直ワクワクしていました。
でも、話を聞くたびに教授のやりたいものはだいたい決まっていて、、、?
内定をもらっている人たちが遊びだしている様子が分かるTwitterや自分の作ったライングループからどんどん退会していく人たちを見ていると、結果が何も行動していない自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。でも、何も動けなくて受け身のまま。今の自分を受け入れられないまま。

そんなときふとFacebookで寮を出してくれるITベンチャーの長期インターンの求人が目に留まったんです。
...東京で就活もできて、力も付けれて内定ももらえるかもしれない...?!...
思い立ったら吉で、東京行きの夜行バスを予約するとタイに行ったカバン一つで乗り込み、座談会に参加。
担当に当たった担当のインターン生に想いをぶつけPRしました。覚悟が決まっている分、自分の言葉にも力があり、かなり手ごたえがありました。
数日後、山口に戻っていた自分のスマホに合格のメール。交渉し、フルコミットが求められたのでお母さんにだけ相談して手続きも学部への面接もして、ほぼ独断で休学を決め夜行バスで15時間かけて上京しました。これがすべての始まりでした。


このときはただただ自分を変えたかった

なぜ休学してインターンだったのか?
それはとにかく負荷のかかる過酷なチャレンジの方が成長できると思ったからです。
自分は他の選択肢を残したら確実に妥協するだろうと思っていましたし、過去の経験から自分を追い込んで後戻りできない状態にしておいた方がなんとかするために頑張るだろうと思いました。逆境にさらされると人間は成長し、強くなります。必要性を感じ、自分事にするから頑張ることができる。だから休学してそういったきつい環境に飛び込もうと考えました。

さらに、そのインターンの環境は好奇心旺盛な自分が憧れる分野ほとんどに関わっていました。IT、地方創生、インバウンド、事業創造、Webマーケティングベンチャーでもかなりの裁量権があることで有名なそこのインターンならやってみたいことすべてに関われるだろうと。
地方(山口・九州)で支部立ち上げをやりたい、そんなことを入社当時は言いながら圧倒的な成長を求めて飛び込みました。


変人だらけの憧れの東京・忙殺される日々

初日は寮に行くとちょっと変わった眼鏡の女子大生が迎えてくれました。
留学して1年休学していて、今そのITベンチャーインターンをしている先輩にあたる人だとか。そこから寮に向かうと一人の女の子がいて、話してみると面白いんです。大学を中退して人事をやった経験があり、今新規事業にフルコミットしているのだとか。これから待ちに待ったインターン生活が始まるのだ。心がときめいていました。

ところが入社して最初に自分に課せられたのは3日間のマニュアルという冊子。
椅子に座るとそのマニュアルをこなし、資料の読み込みやテストや設定だけで終わる3日。それからカスタマーサポートで電話対応をやることに。マニュアルの無い中試行錯誤し、ひたすら電話越しに謝る日々。内容もただこちらのサービスやインターン生のミスと思われるような内容ばかり。誰にでもできるし、何か価値を生み出している感覚がなく不満だけがつのっていく日々。
「なんのために自分はここに来たのだろうか...」何も成果という成果が出ないまま2週間が過ぎました。そんなとき、事業部長が自分がカスタマーサポートしかやっていないことに気づいてもうやらなくていいよ、他の仕事探して!と言われ、企画部に入ることに。
そこから自分が関わって進む仕事が増え、やっと自分の存在価値を感じられるようになってきました。

でも、ここ本当に入れ替わりが激しかったんです。次々に入れ替わりに入ってはやめていくインターン生たち。
仕事の引き継ぎもめちゃくちゃ。一人で抱える量のタスクではありません。どんどん増えていくタスク。完璧にしようとすると仕事が終わりません。優先順位を付け、諦める・捨てるということを覚えられたのは3ヶ月目でした。この時まではただただ自分の居場所が欲しくて、ただがむしゃらに目の前のことをこなしていました。


それでも辞めなかった

インターンを辞めることを考えたときは何度もあります。上長がいなくなったことが2回。部署が変わったことが4回。辞める人に変わって殺人的に増えるタスク...「なんなんだ人を人と思ってない組織は...‼」と憤りを覚え、何度か辞めることもしばしば考えました。
それでも自分は、自分を変えるためにここに来たのだから結果を出すまでは辞められないという思いがありました。半分意地です(笑)他の選択肢があればやめていたかもしれません。知り合いに話すたびにやりがい搾取と言われました。

ただ、自分が今までやってきたことの中でこのきつさをしのいだと思うことは2つあって、一つは陸上部時代のリハビリからの復帰経験。400mハードルを専門にして県大会の常連でしたが引退直前の冬に腰をぶっ壊したもの陸上以外に自分の自己実現の方法なんて知らなかったので、徹底したリハビリメニューに取り組み、復帰してから自己ベストしか出さなかった体験。ドラマみらいに復活劇でした。
もうひとつは休学を強行したことです。自分は元来人目を気にするタイプで失敗が怖くて、人にいい顔しかしませんでしたが、自分の本心に忠実に選んだ決断で親の言うことも聞かずに覚悟を決めてきたことが自分にとっては自分を後押ししていました。自分が本当にやろうと思えばできないことはない。その思いだけでした。

過去に試練を乗り越えた経験があれば、その自信が自分を後押しするんですね。

あとは、成功体験を業務の中でなかなか積めませんでしたが、自分にとって好きな「人のために何かをして喜んでもらえたとき」、周りが苦手な事業の「整理整頓をするとき」、「うまい文章を書くことができたとき」など自分の好きなことで困っている人のサポートをできたといったちょっとしたやりがいだけでなんとか自分を慰めていました。でも、このときはまだ何も成し遂げられていませんでした。

そのころ、地道に配信し、検証し続けて2カ月、少しずつ成果の兆しが見えていたメルマガ。事業でもリピーターからの購入数がどうしても増えないというのが最近の最大の課題と常々言われていました。
「これを成功させたら周りにも認められるのでは?」という思いつきがありました。それを自分のゴールにしました。やれば必ず役に立つことが分かっている。これを自分の成果にしようと決めました。


初めて自分が役に立ったと思えた瞬間

知識ゼロから取り組んだメルマガの改善。ABテストや仮説に基づいて複数配信を本格的に試行し地道に続けて、営業に成功している体験をフィードバックし続けて2ヶ月目、メルマガが爆発的にヒットしました。普段の月の2.5倍の購入数。しかも単価が高いものが売れたこともあり、リピーターからの購入が一気に増えました。
これまでにない達成感と自信が自分に芽生えていきました。「ああ、成果を出すってこんなに嬉しいんだ。この達成感が欲しかったのか。」
誰かに承認されてしか得られない達成感でなくて、自分の努力によって着実に生み出した成果。陸上のときと同じように自分自信で自分を満足させられるこの快感。
自分自身が急速に満たされていく感覚がありました。

そしてもうひとつの気づきは、努力を継続しない限り兆しも見つけられないし、事業が求めている成果も分からないし、大きな成果を出すことができないということ。
ひたすらどうすれば目の前のことが良くなるか、もがいて諦めずに「努力し続けること」がいかに大事なのかを実感しました。

自分にとって足りなかったのは成果を出すためのPDCAの思考です。いつも途中で頓挫することが多かったから、逃げていたからなにも身に付かなかったのだと思い知らされました。
続けられることは才能だと。半年は続けないと本当に自分にあっているかも分からないのだと。
そして、毎日の日報でKPTを書きだすことでできない自分ではなくて、自分の成長を自覚できるようになってきました。
これはKeep(良かったこと)・Ploblem(悪かったこと)・Try(次にやること)という課題を認識するためのフレームワークです。これがPDCAを回すためにやった中で最も続けやすく、効果的な方法でした。
成功する人は兆しを逃さないのとPDCAを高速で回し止まらないし、徹底的に効果的な打ち手だけを厳選する、これが揃わないと圧倒的な成果などは出すことができないのだと。
半年間何かを続けないと何も得られないという自分の仮説が当たった瞬間でした。


自分を支えてくれた言葉

自分を支えてくれたのは、自分の強い意志があったからというよりは様々な人たちの声掛けでつなぎ留められていたようなものだった。
自分が辞めるか悩んでいたときに声をかけてくれたのはシェアハウスに一緒に住んでいた社員さんだった。
自分が何もできないと悩んでいるときかけてくれた言葉が「なんか〇〇ちゃんってこんな自分じゃだめだ、過去の自分いやだって思ってる感じがする。そんな道を選択してきたのも自分なんだよ。失敗した自分も自分は自分じゃん。もっと自分を許してあげな
そのとき、ふっと救われた思いがした。失敗してもいいんだ、それからどうしていくか考えることが大事なのだと。きっと一人ではこんなつらいことやめていただろう。

「自分が役に立たないって思っているみたいだけど、〇〇ちゃんだからこそ周りに与えている影響がなければいけないなんてことはなくて、〇〇ちゃんはかけがえのない存在なんだよ。」
「居場所はとか信頼って欲しいと思ってできるものではなくて、目の前のことをこなしていって成果が出て初めてああこの人できるんだ、次これを任せたいっていって仕事ができていくものだよ。」
「分からないってただの思考停止じゃない?正解とかビジネスの世界にはないし、そこからどうしていくか考えなきゃ。」
「今分からないものはこのあともずっと分からないんだからとりあえず行動してみな。」
社員さんから背中を押された言葉はこのほか数えきれないけれど、確かに自分のインターン生活において心の支えになっていたことは間違いない。

大事なものは自分の中にあった

「バケモノのこ」という映画を見たことがありますか?
(自分はこの監督が作る映画のアニメーションが好きなんですが、)
この話の中で登場人物の熊徹が「心の中に剣があるだろ」という話をするんですが、これに通じることがあると思っています。
自分自身が好きな人や自分は家族から愛されていると心の中で信じれている人はどんな環境にいても強いです。なぜなら、自分自身を守る強力な心の支えやよりどころが自分自身の中に内在化できているから。自分を無償で愛してくれている両親や周りの人がいたら、自分自身を絶対的に愛されている存在と捉えることができる。
その感覚がやっと分かった気がします。自分を信じるというけれど、「自分を許す」、「自分を愛する」ことができると自分の人生を歩むことができる、これは自分の人生じゃないと思うのではなくて、自分自身で自分を受け入れてその上でこれからどうしていくか真剣に考えることができるということだと思います。
自分は人に愛されている、一人でも自分自分は価値のある存在であると心の中で信じることができたとき、孤独感を感じることはないし、自分の心の中に支えとなる「剣」が存在していることを意識できるようになるのではないでしょうか。
誰か一人でも自分を認めてくれた人がいたら、その人は自分を認めることができるのではないでしょうか。

だから今は怖くない。

今は心に自分の”剣”があるように感じます。今は過去の自分があったから今の自分があると心から思えます。
インターンを通して考えたことは自分にとっても、人生の教訓となることが多くて今でも心の支えになっています。
このことを忘れないためにもここに書き記しておこうと思います。
今ではあんなに嫌いだった自分もそんな自分も自分だと思えるようになり、全く価値のない存在などではなかったと思えるようになってきました。だからもう寂しくないし、自分自身のことが好きになったように思います。
だから人に何かを求めるようなこともなくなってきましたし、人が思っていることが素直に理解できるようになった感覚があります。
自信なんて最初からないんですよね。自分のことを否定せず受け止めることができるようになって、初めて本当の自信は付くのだということを学びました。


ただ自分に足りなかったものを固めただけの半年間だったけれど、後悔はありません。
これからの人生の歩み方をこの経験を活かして精度を上げていくだけ。
これからも自分を受け入れ、自分の人生だと自覚しながら全力で日々を生きていこうと思います。

 でも人生の時間は限られています。こんな経験をした自分だからこそ、人と人との繋がりで世の中を良くしていきたい、個性を尊重できる人間でありたいと心から思っています。