からふる。

大学を1年休学した山口の女子大学生が書き綴るブログ。旅する人生、美しい世界、田舎から東京、そして海外と飛び回って見てきた社会とは。

20歳までで価値観が決まる~価値観が変わった瞬間瞬間~

20歳までで自分の価値観が決まってしまうという。本当なのだろうか。
学生生活で「自分」が作られた経験や人との出会いを思い出してみる(長くなります)
 
〜自分が大学に入る前高校時代に持っていた夢はスポーツ医療を理解したコーチになることだった〜
 
小学校中学校までは内向的で動植物やお絵かきが好きだったけれど勉強も運動も得意な優等生タイプだった。50mを6.8秒で走ったり、体力測定で総合得点では学年女子一位を取ることもあって、ずっと体を動かすことが好きで。話すのは得意でなくてもスポーツを一緒にすることで誰とでも仲良くなれていた。遊び相手がお父さんだったこともあってキャッチボールやバッティングを仕込まれた。男の子には負けたくなかった。
 
高校は進学校に進み目立つタイプでもなかったし、勉強はできる方ではなかったけれど体育だけは得意で、高校では部活に没頭していた。
 顧問の勧めがきっかけで高校2年生からは400mハードルを始めた。ただの道ではなくて障害を一つ一つ超えていく感覚に思いの外ハマってしまい、一倍トレーニングをして個人種目で県大会に出場した。でも、卒業前の冬に腰を壊す大怪我をしてしまう。その骨は一生くっつかないらしい。
 
 その時に支えてくれ、自分の心に火をつけてくれたのが通っていた病院の理学療法士さんだった。
自分の課題に合った新しいトレーニング方法やメンタル法を教えてくれ、家に帰ってからは厳しいトレーニングを一人で黙々と続けた。人生の中で一番きつかったけれど、その時の自分には陸上しかなかったし、理学療法士さんの言葉を信じて毎日トレーニングに打ち込んだ。その結果春の大会には復帰し、インターハイにつながる大会でチームで唯一県大会に出場する。そんな経験をしてから自分の考え方の根底には、「どんなに困難な目標でも諦めずに続ければ必ず成し遂げられる」という自分への自信というか可能性を信じる思いがずっとあるような気がする。
 
その後、自分のように一番辛い時期にスポーツをする人を精神的にも知識的にも支える仕事をしたいと思い、スポーツドクターや理学療法などの道を考えて勉強してた。そんな時センター直前に盲腸をこじらせて腹膜炎というかなり重たい病気になり、死にかけた。(原因は軽症の時の診断で医師に胃腸炎と誤診され、我慢強かったこともあり発見が遅れたのだ)幸い緊急手術をして助かった。その時本当に人生が終わってしまうのではという感覚に陥った。
意識が戻り、両親を含め自分の命はたくさんの人に支えられてきたとか、人生は短いと強烈に思ったりしたのはその時だった。それから「ただなんとなく人生を送るのは勿体無い」「何かしたい」と思うようになる。何もしない1日に虚無感を感じ、何もせずにじっとしていられなくなったのはその頃からだろうか。
 
〜自分に負けたくない気持ちと人生の有限感が原動力〜
ところがセンター前にそんな入院をして腹痛に悩まされながら1ヶ月管に繋がれた生活をしていたものだから5キロも痩せてしまい、受験も身体的にかなりきついく、かつてない点数を取ってしまった。体育系の実技なんて受けれる状態でもなかった。
スポーツで食べていくことは親にも反対された。
そこから考えたのが、一番成績の良かった英語で、自分の親がやっているように学校の先生になり陸上部の顧問をするという道だった。
そんな受験期直前のバタバタがきっかけで急遽教員を目指すことになる。
 
 
もしこの時の経験がなかったらどうなっていただろうか。
きっと人生が短いと思うこともなかっただろうし、
英語の教員になろうとも思わなかっただろうし、
山口大学を受験することもなかったかもしれない。
目指す手段が教員だっただけで、自分のしたかったことは何かしたいけれど悩んでいる人や落ち込んでいる人を支え、自分の得意な分野でその人に合った方法や知識でサポートし、自己実現に貢献することだったのかもしれない。
 
〜やりたい勉強ではなかった大学で行動力が爆発し始めるまで〜
大学に入って最初は大学の授業がつまらなかった。
大学の共通教育での学びが社会の何に役に立つのか分からなかったし、英語の教科教員になりたいと思っている同世代たちとのモチベーションの違いに悩んだ。英語の勉強は好きだけれど、英語を教えることは体育と比べて得意ではなかった。
今更大学を変えることは入院などで親に負担をかけていたし、再度受験などは親にもなかなか言い出せなかった。
だからやりたいことを学びたいと小学校と保健体育の免許を取得に取り組み始める。(これで同時に4つの教員免許の取得を目指すことになる。)一方で学外に興味が湧いてボランティア活動やアルバイトにサークルとやりたいことにはほとんど手をつけた。
 
大学2年生の夏に初めて海外に行った。
英語がうまく喋れないことがコンプレックスだったからだ。最初は経済的な理由と安全面の問題で両親にかなり反対された。そこで経済学部でやっていたTOIECの授業に参加し、紹介されたフィリピン留学を知ってアルバイトで留学資金をため、渡航の段取りも決めてから親を説得。これが人生最初の親への大きな反抗だった(はずだ)し、親へのわがままは基本通らないと思っていい子ちゃんしがちだった自分が初めて「わがまま」を通すことができた経験だった。
その留学の経験が大きく自分の価値観を変え、自分が決めていた「できる」と感じる幅が広がって、「やればできる」「やりたいことは全部挑戦したい」と思うようになった。
限界値を決めてしまっていたのは自分だったのかもしれない。
これまでの自分の根本的な考え方は全てこの20歳までに経験したこの経験に基づいていると思う。
 
〜自分の経験したことが自分の価値観を決め、行動基準を決めていく〜
そのあとから急激に出会いやご縁が増え、どんどん自分のものの考え方が磨かれていった。
旅をしたり、福岡や大阪のイベントに出ることが増え、
楽しそうに働いている社会人との出会い、
社会人並みにアクティブに行動する個性的な同世代、
人と何かを作り上げる経験、など数々の瞬間があって
今の自分ができている、そんな気がする。
 
 
自分が大きく変わった瞬間が数回あった。
「小さな成功体験の積み重ねによる自己信頼の創出」
自分の得意な事でコツコツと小さな成功を積み重ねていく事で自分への信頼が蓄積していく
これによって新しいことに挑戦していけるようになる
「自分らしい生き方をして生き生きしている社会人たちとの出会い」
夢アワードやユメトーークというイベントで出会った社会人たちのトークライブを聞いた時。仕事をこんなに楽しめる大人もいるのかと衝撃を受けた。自分の中で固まっていた価値観が広がりを見せた。
「個性を発揮し活躍している同世代との出会い」
社会人並みにバリバリ実績をあげていたり、面白いことに挑戦している熱い同世代との出会いで、負けてられない、自分にもできるのではという思いが芽生えた。また、自分らしさって何だろうと猛烈に考えるようになる。
「定期的に志のある学生と語り合う場所」
SeaGlass、天神仕事基地やユニオンは自分にとって山口ではなかなかなかった志を忘れずに自分らしくいられる場所だった。戻って来れる場所や共感して来れる場所の精神的安定効果は大きい。
「自己価値が揺るがされ、再確認する場」
長期インターンでは自分より優秀な学生インターンや優秀な若手社会人、仕事の多さに自分って何ができるのだろうを強烈に考えた。その中で人生は競争ではないし、自分の信念となる言葉や自分の幸せややりがいを大切にして、役割を持って人に貢献することが大切なのだという事を学んだ。
 
 
そんな気づきを与えてくれる人や場の影響で自分の価値観や自分の行動の判断軸が決まっていった。
だから出会いの質と行動量を上げていくことが本当に大切なのだと思う。
また、この振り返りで実際に根本的な価値観は20歳までの経験で決まっていたし、自分がやりたかったことは「何かしたいけれど悩んでいる人や落ち込んでいる人を支え、自分の得意な分野でその人に合った方法や知識でサポートし、自己実現に貢献すること」だということが改めて分かった。
それはきっとトレーナーでなくても教師でなくても人を導き、気づきを与える仕事なら何でもできるし、大学に入るまでは選択肢を知らなかっただけだということも改めて分かった。
それに自分の得意な努力の仕方は「やり方が分かる事をコツコツとやりづつけ改善していく」のが得意なため、先生やコーチのような存在がいる中で、トレーニングを積んでいくような学びの方法が合っていると感じた。
新卒で入る会社は教えてくれる人がいて、目標を立てて地道に改善していくもので成果を出せるところがいいのかもしれない。
 
 
〜人生を変える気づきを丸々2日間で得られるイベントを開催〜
そのような人生の気づきを与えられるような場は別に留学に行かなくても死にそうにならないくても経験できる。イベントや人の紹介で出会った人など気づきを与えている事はほとんどは人なのだ。
とにかくいろんな人に出会うことは本当に自分の人生において大切だった。
 
そこで10/14〜10/15の2日間。山口に福岡や佐賀、島根などから学生を集めて合宿型のキャリアイベントを開催する。
自分の経験から学生時代に福岡や東京に行って得た人生を変えた瞬間瞬間を山口で丸々体験できるようなイベントになっている。
山口で少ない学生と社会人との繋がり、県外学生との繋がり、地域との繋がりもできるしで山口の大学生のための企画となっている。
普通の就活でやる紙に書く自己分析よりも多くの人に当たって自分らしさを比較することができるし、いろんな人生の目標やヒントを得ることができるので、都会まで出て長期インターンなどをしなくても就活の最小限に必要なことは全部経験できる集大成だ。
自分が悩んだことが何か後輩たちに還元できたら嬉しい。
 

大学5年間を振り返って

 

ちょうど一年前、大学4年生で一通り就職活動を終え、
これから半年で大学生活が終わるというタイミングで大学を休学した。
私の大学生活は4つの教員免許を取得しながらもやってみたいことにとにかく手を出していて、
就活をする時になって初めて自分は何をしたいのだろうと考え、
結局半年間の就職活動では答えが分からなかったからだ。
それから私は東京に趣き、ITベンチャーインターンに飛び込む。
こんな自分の激動の大学生活を改めて振り返ってみようと思う。

入学前

大学を迎える前に自分には三つの試練があった。
一つは学生の間没頭していた陸上の部活を引退してからの燃え尽き症候群
二つ目は盲腸をこじらせ、大腸がお腹の中で破裂し、緊急手術をして迎えた過去最低のセンター試験(悪化した原因は医者の誤診と自分の我慢強さでなかなか病院に行かなかったから)
三つ目は親からの自分の将来への期待だった。

スポーツ・健康や陸上に関わりたいと思いながらも、
インストラクターや理学療法を諦め教員という道を目指すことに。
ただし、最もやりたかった保健体育ではなく英語という科目での挑戦だった。
手術で命の終わりを自身が体験したことで「生きなければ」、「後悔しないように生きたい」という思いはかなり強くなった。

1年目(2013年4月〜2014年3月)

大学は同期が九州大学という九州でトップの大学に
続々と入学していたことに焦りを感じ、授業もアルバイトもサークルも教育ボランティアもとにかく色々やってみた。
1ヶ月ほど経つと英語科の同期のモチベーションとの差に悩み、勉強もつまらなく感じていたことから後悔のどん底
親とのバトルを経て、車校を終えた10月から仮面浪人をするため
ここから本格的にセンター試験の勉強も開始。
ちょうど大学の図書館が工事だったため市内の自転車で20分くらいの市立図書館に通う毎日だった。
大学では小学校系や体育系のメンバーと同じ授業を選択していたため他学科と遊ぶことが多くなる。
進路について親と再度激突。最終的に受験は許されるものの
モチベーションが低下し、こそこそ受験したもののふがいない結果。
山口に残って挽回することを決める。

2年目(2014年4月〜2015年3月)

英語科にいるのになかなか英語力が伸びないような大学の授業に不満を持っていたため、経済学部の教授の主催する講座を受講したり、体育の授業を受講していた。
フィリピン留学を知り、留学を決意する。

フィリピン留学を決めた理由は3つあって、
1つ目は留学費が欧米や欧州に比べて断然やすいこと
2つ目は1on1の授業が多く、スパルタ校とも言われており費用対効果が高いこと
3つ目は単純に東南アジアはいつか行ってみたかったからである。

TOIECの点数というよりコミュニケーションとしての英語を身につけるためと挑戦してく精神を身につけるための留学だった。

旅館のアルバイトを朝晩とにかく入って資金を集めた上で親にプレゼン。
8月中旬から9月中旬の1ヶ月フィリピンのバギオに留学してきた。
経済学部ばかりの山大生30人と韓国人のルームメイトとの刺激的な1ヶ月を過ごし、
劇的に度胸や積極性がついた。
ここから海外の楽しさや外の世界への興味が沸き起こり、行動力が爆発していく。
友人と中国地方の僻地まで電車旅をしたり、
カンボジアの子どもたちに運動会を届ける教育支援プロジェクトへの参加、
旅館のアルバイトの他にブライダルの派遣への登録してバイトに明け暮れ、
授業も上限を外して34単位取り、とにかく時間の有る限り活動していた。

3年目(2015年4月〜2016年3月)

初めてTABIPPOの主催する旅大学に参加し旅行への興味がグッと強まる。
(この頃教育学部の中でもかなり交友関係が広い方で経済学部の観光系の友達が多かった。)
留学生支援室でのアルバイトも始め、初めての教育実習が小学校であった。
自転車で行けてホワイトと聞いていた小学校への実習を戦略的に獲得する。
小学生と全力で遊び、再び教育や体を動かすことへの興味が蘇る。
進路をぼんやり考えていた頃で、一度一般企業もみてみようという思いから夏休みはインターンに行くと決めていた。
インターンと留学時の友人に会う目的で東京・名古屋・京都を旅する。
山口で参加した学生版夢アワードのプチイベントで出会った福岡の起業家の影響で
山口大学の学生で学生団体(企業インターン支部)を立ち上げることに。
授業と全6回のイベントの企画や福岡で行われる学生イベントへの参加に明け暮れる。
一方で友人の陸上サークルの立ち上げに関わり、没頭する。
1月に行われたキャリアイベント夢トークで出会った学生たちの影響で
東京での就職活動を決意し、3月から動き始める。
Oneness Asia Leaders Summitという日本人学生と留学生が各分野の日本のリーダーたちとディスカッションするサミットに参加したことも大きかった。
学生時代で最も密度の濃い半年を過ごす。

4年目前半(2016年4月〜2016年9月)

就活を始めるも見ていたのは教育・人材系。
企業分析も曖昧なままに、自己PRもままならなかった自分は6月まで一社も内定をもらえずどん底に。一瞬引きこもる。
一方で大学のCOC+の事業部の方と話す機会が多く、
大学でベンチャーを立ち上げないかという話をもらう。
女性起業家の講座や地域の活性化の会談に学生ながら参加させてもらう。
自分のアイデアからすぐに様々な社会人に繋いでくれるので爽快だったが、一方であまりイケてる人ではなかったし、自分のやりたい方向性とだんだんずれてきて不安になってくる。
ちょうどその頃山口にカタリバやエンカレッジが入ってくるので手伝って欲しいと声をかけられどっちつかずになり悩む。
この時からまた自分がイベントをしたいという思いが芽生え始め、
8月に合宿をすることを決意し動き始める。
7月にご縁でタイの人材会社から内定をもらい、その終わりには大手損害保険会社の内定をもらい就活を終える。
合宿は学生2人でほとんど運営し、初めてながらかなり反響もよく無事終了する。
その影響で前々から行きたかったタイへのバックパックを急遽決め、2週間ほどタイに滞在し、ダイビングライセンスを取得してから放浪の旅をする。

4年目後半(2016年10月〜2017年3月)

タイの旅では自分の人生にもっとわがままでいいんじゃない?という旅人が多かった。
一方でまだまだ親の顔をうかがってしまう自分の弱さにも気づいた。
自分の人生に責任を持てるようになりたいと思い、
将来を考えるチャレンジとして親に大反対されながら大学を休学。
ITベンチャーでのインターンに飛び込む。
実際の理由は親や友達など自分を全く知らないどこかに行きたかったのと弱い自分を変えたかったから。
ベンチャーとかITといった世の中を変えて行く人たちの中で弱かった自分のマインドを変えたかった。もっと自由でありたかった。
何もかも初めての経験でもがきながらも日々孤独と自分への劣等感と少ない収入の中戦っていた。
ビジネスとは?、マーケティングや経営とは?、なぜ?課題は?・・・
と言ったビジネスのいろはと最先端の領域 シェアリングエコノミー×自然に関わる仕事ができたことは楽しかったが辛かった。
周りの人の圧倒的な個性への劣等感と自分を犠牲にすることが増えたからだ。
それから本を徹底的に読むようになり、
ある社員さんの言葉で自己肯定感の低さや他責に気づいたのもその頃。
変わるために無我夢中だったその頃、自分の限界や意味づけする力がかなり引き上げられた。自分に余裕がなかったので恋愛沙汰はほとんど発展することがなかった。笑
一方で100人の社会人に会うプロジェクトとしてMatcherを使って社会人30人、
知り合いの紹介で20人、イベントや就活の選考で50人ほどの社会人と会う。
何がイケてる自己PRで何を社会人が求めているかが分かった。
オリジナリティのあるエピソードとビジネス用語や基本的なマナー(社会人との共通言語のようなもの)、相手に合わせて聞く力は必須事項だと感じた。
その中で自分が相手に与える印象も分かり、
意図的に声を張ったり、克服系のエピソードを多めに語ったりして就活ノウハウを確立していった。

5目前半(2017年4月〜2017年9月)

休学期間も終わりに近づく。

満を持して行った就活。思ったよりも苦戦しながら
移り住んだシェアハウスで社会人に日々ブラッシュアップしてもらう生活を送る。
リスティング広告を回したりデザインしたりするインターンを行うもモチベーションは低め。
(おそらくデジタルマーケティングのスキルを極めることがゴールになっていたからだ。)
自分のモチベーションはそこではなかった。どちらかと言えば人との繋がりや自分の得意なことではなかったのかもしれない。
最終的にデジタルマーケ系で3社内定を獲得し、
迷いながらも社会人の方に相談しながら、今のところ自分のキャリアにとって有益そうで一番自分の素な部分を認めてくれた一社に絞る。
この中で限られた期間で選択肢を検討し、一旦決めることの大切さ、修正してくことを学んだ。
その後、残りの東京生活何かできないかと参加したイベントで運命の出会いがあり、
小学生のサマースクールに興味からそこの運営会社の人に頼んで
次の日には面談させてもらい社宅を借りながらインターンをすることが決定した。
経済格差による教育格差の打破ができるビジネスモデルに感激し入社まで考えたほどである。
マーケティングというよりは現場を多く経験していったり、
六本木という日本でも指折りの高所得者の子どもや有名私立の学生を目の当たりにし、
ちょうど読んでいたファイナンスや投資の本の影響もあって教育経済学への興味が湧く。
また、自分の楽しいと思うことは小さい頃から好きな体を動かしたり、絵を描いたりすることはもちろん、
自分にとって新しい挑戦や人との関わりであることが明確になったことで、
今を楽しめる選択を意識的にできるようになった。
その会社では度胸があるところと適応力から来る安定感をかなり評価された。
友人との団体で行った軽井沢では障害を持った子供達にとって芸術が大きな効果を与える可能性を肌で感じ、生涯教育への関心や心の豊かさへの興味が湧く。
このあたりからデンマークの教育や大人の教育といったことに興味が湧いた時、
フォレスホイスコーレや民間企業の教育でしか大人を教育することはできないことに気づく。

こんな感じで自分の最後の夏休みは東京で幕を閉じた。
ちょっとの後悔は時間とお金があるうちにヨーロッパに行くつもりだった夏休みを東京で働くことに費やしすぎたことだ。

現在

北九州の実家に帰ってきて日々を振り返っていて思ったのは
自分の大学生活は高校時代に頑張りきれなかった分を取り戻すように
全力で走り抜けていたのかもしれない。あとはたくさんの選択肢を知るために。
今では自分の中での不満も満たされて、幸せだと思う瞬間も増えてきた。
これからもっと人に与えていけることを増やしていけたらと思うが、
それは自分が挑戦し続けているうちは両立が難しいことなのも実感した。


教育に興味を持ったのも環境への他責の念が強かったのもあるし、
自己肯定感の弱さから自分のやりたいことよりも人の求めるものを優先していたところがあったかもしれない。
今となっては何をやりたいのかはなんとなく出てきたけれどまだまだ明確ではないし、
それが自分の幸せとリンクしていさえすればまた変わってもいいと思っている。
夢を持たなければいけないということ自体が日本の一括採用がもたらした脅迫観念なのだろう。

主催していた学生イベントが山口では響かなくて悩んだこともあったが、
生き生きとしている人がいる割合は山口も東京も変わらない気がする。
母数が多い都会では出会いやすいだけで、東京だからすごいことなど本当に限られているのだと思った。


自分は残りの大学生活では入学当初頑張った自分のために
4つの教員免許の取得に必要な残り3つの授業とまるまる残っている卒論に取り組む。
英語教育に興味がない今何をテーマにするか迷うところではあるが、
せっかくもらった内定を無駄にしないようにしっかりと責任を果たして行こうと思う。

※留学とキャリアの関係についての研究をすることにした10/06

最後に

4つとった教員免許も大手の内定を蹴って休学したことも、
住む家がない状態で上京し、たくさんの会社で社会経験を積んだことも今の自分を作る糧となっている。
一番頑張ったことは何か聞かれたら全部と言いたいところではあるがそのどれもに自分らしさがあるような感覚があり、無駄だと思ったことはない。
就活の時は伝えたい自分の印象や相手が共感しやすいエピソードにすればいいのだ。
「自分の得意なことで人に貢献が最大の幸福である」、しかし「自分の大切なものを大切にする」生き方が本当の幸せになるのかなと思う。

教育は自立の支援であり、人を幸せにするが全てではない。それが自分が大学に通ってでた「教育とは何か」の考え方だった。
育てられた親からもらった考えは変えにくいが、多くの人との出会いで自分をなりたい自分に変化させていくことはできる。
「自ら環境を作り出し、みづからを変える」ことが理想の自分になるのに大切なのだろう。
この大学5年間は専門性を身につけることはあまりできなかったが、生涯自分を支える心の剣となってくれそうだ。

辛くなった時はまたこの記事を読み返してみると頑張れそうな気がする。

 

さてさて残りの半年何をしようかな。

十五夜の見える羽田から山口に帰る朝の便を待つ空港のカフェスペースにて。

人生を変えた出会い~6冊の本との出会い

人生を変えるほどの出会い

この上京生活で人生を変える出会いがあった。
私は東京に来てからと言うものの
就活アプリ、イベント、友達からの紹介、インターンのコミュニティなど本当に多くの人に会いまくっていた。
そんな出会いの中で特に自分にとって大きかったのは、

「とある社長の言葉が...」とかでななく、

あらゆる人に相談していった結果知った数々の「本」からの教えだった。

人から受けた言葉でも心に残っているものは数え切れないのだけれど、

人生を変えるほど自分に衝撃を与える気づきを与えたのは
先人たちの教えの詰まった本の中にある様々な人生の教訓だった。

抜群に優秀な人生の先輩たちは本当に良い本を知っている

何人ものビジネスマンと会ってきたけれど、
その中でも群を抜いて光っていた人たちに共通していたのは、
本当に「ずっと学び続けており、多くの人が本を読む時間を持っている」と言うことだ。

しかも、良い本を知っている。
本は世の中に溢れているが、実際良い本はその3%ほどしかないと言われている。
その本に出会うためにずっと本を読んでいてもあっという間に人生が終わってしまいそうな数である。
人類が一度経験したことはもう繰り返さなくていいと思うので、本を読むのが最も人生を学ぶことができるのではないかと考えた。

そこで今日は自分と似たような経験をした人に刺さるであろう本についてその自分の感じていたことと得られたものと言う視点から紹介して生きたいと思う。


良い本を見つけるには
そのような本に効率的に出会うのに最も良い方法は、
その道の勉強をするのにおすすめの本や今の自分の悩みの合った本を
優秀な人におすすめしてもらうことである。そんな人たちに常におすすめの本を聞いてきて出会って特に自分の心に響いた数冊を紹介する。

特に、就活生や人生の主導権を取り戻そうとしている人たちにぜひ読んでもらいたいのでご紹介する。

 

おすすめの本一覧

自分が弱みだと思っていたことも強みに。
自分の特徴と付き合いリーダーシップを発揮する方法が書かれた一冊。

さあ、才能に目覚めよう

これは就職活動の初期に自己PRとかを考えたりするときに学生の就職支援で定評のあるとある起業家の方から紹介された本である。付録のCDには企業がお金を払ってまで使われる"強み診断"ストレングスファインダーを受けられるコードが入っていて、30分ほどで自分の考え方に当てはある項目にチェックを入れていくと自分の強い価値観上位5つが出てくる。その本はその強みを生かしてリーダーシップを発揮するにはどうしたらいいかと、その強みを持ったタイプのメンバーを巻き込んでチームワークを発揮するにはどうしたら良いかと言うノウハウが書かれている。
就活だけでなく、自分のチームでの立ち位置を考え直したり、自分にあったリーダーシップのとり方をわかりやすく示してくれる一冊である。
今力を発揮できていない人は自分の強みの生かし方が分かっていないだけかも?

 

ビジネスマンでもその他の人格者も実践している習慣7選。

7つの習慣

とある会社の人事さんからおすすめされた本。その会社が教科書のようにこの本を社員の育成に使っていた。
アドラー心理学を用いてビジネスマンとして成功する人たちの多くが持っている習慣を解説し、それを習慣化させるまでのステップが書かれている。「 思考を変えれば、言葉が変わる。言葉が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、性格が変わる。 性格が変われば、運命が変わる。」
と言う言葉からも分かるように理解すれば行動は変わるがそれを習慣化するのは本当に難しい。

習慣化にかかる時間

○行動習慣:21日(約3週間〜1ヶ月)
読書、日記、整理整頓、勉強、家計簿など

○身体習慣:3ヶ月
ダイエット、運動、早起き、禁煙、筋トレなど

○思考習慣:6ヶ月
プラス思考、論理的思考など
と言われるのでそれを習慣化させるためにも成功者の習慣を思考から知っていくことに意味があるのだと思う。



人に嫌われたくなと思う人が人目を気にしなくなるマインドセットが書かれた一冊

嫌われる勇気

 

自分がうまくかなないとつい他人を責めてしまう、そんな人が人に好かれ人生で成功するための一冊

・自分の小さな「箱」から出脱出する方法

社会にでると「他責」にする人は成功しないって言うけど、多くの人が他責にしがち。
知らず知らずのうちに自分もしているからこそやってる本人は気づかないもの。人をせめてしまいがちだった自分にインターン先の社員さんがおすすめしてくれた本。気づけて本当によかった。自分と向き合うのは辛いけどちょっと勇気を持って人を責めがちな自分を変えたい人に。

 

自分の中のお金の当たり前を覆し、お金が働く概念を知る一冊

貧乏父さんと金持ち父さん ウォーレン・バフェット

 

本当はやりたいことがあるのにお金にならないからとか親が反対するからとか言って諦めてしまった人やもっと自由になりたい人に

ずっとやりたかったことをやりなさい キャメロン
「The Artist's Way」翻訳

 

この本たちはこの一年で自分が空いた時間に読んで本当に自分の物事の捉え方が変わり、生きやすくなったと実感したものである。時間のあるときに随時更新していこうと思う。
この一つだけを読んで人生が完全に変わったとは思わないけれど、一つ読むたびに心のリハビリのような感じで考え方が修正されて、どんどん自分の今まで考えていたことが自分を苦しめていたり、囚われている思考があることに気づいていった。
そして考え方は無数にあり、正解は人によって違うことも分かった。

 

⑥自分の小さな箱から抜け出す方法

これは他責にしがちな人にその状況を気づかせるのに最適な一冊。
他責にしている上司が起こす問題が
ストーリーに描かれそれをあるコンサルタントによって克服されていく過程が描かれ、自分に当てはめて考えやすい。

 

まとめ

本は過去と未来を読み解くためにあり、本は先人たちの人生の教えのようなものだと思う。
何人もの自分以上の経験をしている人生の先人たちからの思考や知恵を学ぶことは自分の人生で経験したことから学ぶよりはるかに効率か良い。特に本はその人の人生の集大成のようなもの。会ってその人の思考を深く知るのも効率の良い学びになるけれど、本は一人でも学ぶことができる。

自分の人生はとても短いともっと自覚するべきだ。
経験したことからしか学べない人は当然学びの量も質も浅くなる。世の中で成功している人たちは一人の経験だけで成功している人は少ないものだ。
誰しも、師と言われれるような人との出会いがあったり、

為したいことがある人はもっと自分の信念を燃やし、自分の価値観の実現に情熱を注ぐ時間を作るために、もっと賢く生きなければならない。
なんども言うけれど人生は短い。

人が経験から学ぶのは失敗体験から修正を繰り返して成功体験を繰り返すことで自分の中で体系化されていく。
少しずつ先人たちの知恵を自分のものにして、生きやすくなろう。
幸せに生きるための知恵やものの考え方を知ること、これが学びの本質ではないかと思う。

 

一人の時間に没頭する中で改めて気づく自分や考えがあるものだ。
本は自分との対話をしてくれる最も良い先生である。人におすすめされた本は学ぶことが多いが、一番読んで吸収できるのはやっぱり自分が読みたいと興味をそそられている本である。いくつかの本の俺から読むか悩む時は自分の興味のあるものから始めて見るといい。どれだけ尊敬している人から勧められても興味の無い本は頭に入ってこないから。

電車での移動時間や夜寝る前の1時間くらいを人生を豊かにする読書の時間に当ててみてはいかかだろうか。

 

6ヶ月前は自分が大嫌いだったけど、今は自分のことが前より好きになりました

田舎を飛び出して変えたかった東京での長期インターンのきっかけと何を考え、何を得たのか、その全貌を綴りました

 

今の自分が本当に嫌いで、だからこそ今の自分を変えたかった

 

自分の学生生活は順風満帆だと思っていた。

 

大学入学当初、単位の取得が目的化された大学の授業に意味を見いだせず、バイト漬けの生活をしていました。英語を学びたくて教育学部の英語教育選修に入学したのに、英語も教育の授業はないし、周りの学生も意識は低いし、そんな日々に焦りを感じていました。そんな時、意識の高い友人に刺激されてフィリピン留学に行って、世界が広がりました。その後、行動力が爆発して後悔ないよう行動しようと一年発起。カンボジアのボランティア、イベント団体の立ち上げなど精力的に活動してきて、大学3年生まで比較的意識の高い方だと思っていました。当時の自分にとって山口はとても窮屈だったんです。
そこで会った意識の高い、自分よりも優秀な学生や社会人たちに会うことがたくさん増えてなんて自由なんだろう、もっともっとそんな人たちに会いたい。そんな憧れで就職活動をすることにして、学校という狭い世界よりももっと世の中を知るんだ、そいう思いでOB訪問や就活イベントに出て就活生とネットワーキングしたり、就活情報をライングループで流したりして高校と違って好きなことを自由にできて楽しかったし、自分はこんなに動いているのだから大丈夫だろうと思っていました。


軸のない自分、人の期待の中で生きてきた

ところが、あるベンチャー企業を東京から地方大学に呼ぼうと企画したとき、就活の中地方の学生のために頑張って企画して集客して「誰かのために自分の就活もあるのにすごいね」「いい活動してるね!頑張って!」そんな応援の声が嬉しくて自分の興味のあった企業の研究もそっちのけでイベントの企画・集客をしていました。目の前の人が喜んでくれることがただ嬉しくて。
でも東京の企業に興味のある学生はいても、地方銀行公務員派が圧倒的人気の地方ではなかなか「東京のベンチャー企業」という言葉が刺さらず人は集まりません。どうにか友人の後輩を連れてきてもらってなんとか10人集めたものの、企業さんも2社だけしか集められず、来た友人に一言ずばりと言われました。「自分の就活もあるのに人のためになんでそんなにできるのか分からん。」
その時は、自分の力の無さと人のためにしか頑張れないと言われたようでただ悔しくて悲しかった。
誰かのためにイベントをやって今まで成功してきた自分の中でが自分への自信も壊れました。
「〇〇って突っ走るよね。もっと周りを頼ればいいのにさ。」
ただ自分のやったことの否定に聴こえて、期待に応えられなかった、自己肯定感が低くなり、「できない自分」という想いだけが募っていったんです。

~ひとりよがりの「誰かのために」じゃだれも喜んでくれない、一人じゃ何もできない~
就活が解禁した大学4年4月の出来事でした。

 

お祈り連発の日々~自己肯定感完全喪失

そんな感じで自信も喪失し、何をやりたいのかも明確でなかったので受けてきた企業からのお祈りメール(不合格通知)が続きます。
一番興味のあった人材の企業には最終面接で2社落ちました。自分に自信のない人間なんて企業は欲しくないですよね。
 …なんてダメな自分なんだろう。あんなに人の人生の転機や自己実現に関わりたいと思っていたのに自分の人生も変えられない...
自己否定が続きます。そんな中で就活もそこそこに教育実習を迎え、6月の最初に入った週、自分と同じように就活をしていた男子が内定の電話を隣でもらうのを目の当たりにしました。焦りが絶頂でもうどうしていいのか分からなくなりました。日々、涙がこみ上げていました。


励まされて、ご縁があってもらった内定

そんなとき就活の相談に乗ってくれたのは大手損保に務めて面倒見のいい叔母でした。
自分の会社の話やその周りの会社員の話をしてくれた。自分がもともと作った自分のネットワークから先輩に連絡を取って保険会社の知り合いのつてを当たってもらい、何人もの人からアドバイスをもらって徹底的に情報収集しました。
結果7月の選考で受けた会社5社のうち1社大手損保の地域職で内定を頂くことができました。しかも、その少し前に、知り合いに紹介された会社の人事の方に会って、なんとタイのベンチャーで働く話も頂いたんです!結果はすぐには現れないのだと。本当に努力した人にしか結果は出ないのだと学びました。

でもそのとき自分の内心は、念願の内定だというのに数週間ずっともやもやしたままでした。
そんななかで学生最後だと思って開いた団体での学生合宿コンパス。コンセプトは「人生の指針を探す旅」。後輩たちに伝えたかったのは、自分にとっては何がやりたいのかヒントは自分の心の中にあって、夢がない人でも行動すれば変わるのだと、答えは自分の中にあるんだというメッセージでした。
...これを考えている間は夢中になれる...内定の話を忘れるように没頭して企画から準備までほぼ一人で考え、協力してくれるこに相談しながらやり取りが続きます。
イベントが終わってからかなりの達成感があって、ひとつ自分でも答えがみつかったような気がしていました。
人のために何かをするのが好きでそれ以上でもそれ以下でもないこと。まだまだ新しいことを学びたくて挑戦したい自分がいること。田舎にずっとつなぎとめられることを心からは臨んでいない。人との繋がりを誰よりも好きなそんな自分。
内定先が自分の本心に沿っていないようでもやもやして、自分でも分からなくて。それをずっと解消できませんでした。
「何もしなければ今は変わらない」学生最後の夏休み、いてもたってもいられなくなりました。


受け入れられず飛び出す~タイ放浪一人旅

そんなとき、前からしたかったバックパックに行くことをふと思いつきます。
タイの企業も行ったこともないのに飛び込んで自分の社会人の最初数年を過ごして搾取されるのはもったいない、そんな思いがありました。
以前から思い立ったら即行動派なので、2週間の往復の格安航空券を予約し、必要な道具をそろえ、不安をできるだけなくすために最初の1週間は日本人案内者と行くタイのダイビングプランに予約し、3万円のお小遣いだけ持ってバックパックひとつでタイに出発!
そんなタイの2週間は最初は日本人旅行者の急なキャンセルで参加者の女子はひとり、付き添い人と男の子3人とタイでの旅が始まりました。雑多なタイの雰囲気に慣れずに観光地をツアーメンバーと行きながらタイでの生活の術を少しずつ覚えていったのはなんだか新しい挑戦でワクワクします。大学時代に派遣であらゆる旅館に派遣され、飛び込んだ先での対応力・適応力は自分の強みでした。
島でのダイビング生活はローカルな自然に囲まれのんびりしていて、出会った日本旅行者との道中は個性的で人生を楽しんでいる人が多くてとんでもなく楽しかったんです。自分の自然や異文化への強い好奇心が刺激され、終始楽しい。しかし、戻ってから始まった一人旅はひたすら孤独でした。
連絡が取れるのはWi-Fiがある限られた建物の中のみ、地図も観光マップはあいまい過ぎてタイの人にも英語が通じない。バスの遅延は当たり前、宿は汚くて外国人ドミトリーが男子と同じ部屋のことも。乗ったタクシーのドライバーはホテルに連れて行きたがるし。。。正直しんどくて、時間を無駄にしているようにしか思えなかったんです。
やんでいるときの自分ってこんなにも決断力もなくて、精神力もないのだと悟りました。その時はただひたすら不安でした。不安がこんなに人の判断力を鈍らせるのだと知りました。
なんだかんだで日本人宿に着いて今まで仲良くなった旅友達と話すことが自分を慰めてくれていました。
自分自身が一人では本当に何もできなくて無力で、でも自分が動いて築いてきた人との信頼関係と自分の勘だけが自分を助けてくれたように感じていました。
そこでの一つの決断は海外には憧れるけれど「心に不安が立ち込めている状態でタイでは一人で暮らせない」これがこの旅での結論でした。




「やりたければやればいい」という言い分け・現実逃避の休学へ


日本に戻ってくると、そのころ相談に乗ってくれていた別の学部の教授から度々学生ベンチャーをしないかと起業の話を持ち掛けられました。
このまま就職せずこれを成功させるという選択肢もなくはない。正直ワクワクしていました。
でも、話を聞くたびに教授のやりたいものはだいたい決まっていて、、、?
内定をもらっている人たちが遊びだしている様子が分かるTwitterや自分の作ったライングループからどんどん退会していく人たちを見ていると、結果が何も行動していない自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。でも、何も動けなくて受け身のまま。今の自分を受け入れられないまま。

そんなときふとFacebookで寮を出してくれるITベンチャーの長期インターンの求人が目に留まったんです。
...東京で就活もできて、力も付けれて内定ももらえるかもしれない...?!...
思い立ったら吉で、東京行きの夜行バスを予約するとタイに行ったカバン一つで乗り込み、座談会に参加。
担当に当たった担当のインターン生に想いをぶつけPRしました。覚悟が決まっている分、自分の言葉にも力があり、かなり手ごたえがありました。
数日後、山口に戻っていた自分のスマホに合格のメール。交渉し、フルコミットが求められたのでお母さんにだけ相談して手続きも学部への面接もして、ほぼ独断で休学を決め夜行バスで15時間かけて上京しました。これがすべての始まりでした。


このときはただただ自分を変えたかった

なぜ休学してインターンだったのか?
それはとにかく負荷のかかる過酷なチャレンジの方が成長できると思ったからです。
自分は他の選択肢を残したら確実に妥協するだろうと思っていましたし、過去の経験から自分を追い込んで後戻りできない状態にしておいた方がなんとかするために頑張るだろうと思いました。逆境にさらされると人間は成長し、強くなります。必要性を感じ、自分事にするから頑張ることができる。だから休学してそういったきつい環境に飛び込もうと考えました。

さらに、そのインターンの環境は好奇心旺盛な自分が憧れる分野ほとんどに関わっていました。IT、地方創生、インバウンド、事業創造、Webマーケティングベンチャーでもかなりの裁量権があることで有名なそこのインターンならやってみたいことすべてに関われるだろうと。
地方(山口・九州)で支部立ち上げをやりたい、そんなことを入社当時は言いながら圧倒的な成長を求めて飛び込みました。


変人だらけの憧れの東京・忙殺される日々

初日は寮に行くとちょっと変わった眼鏡の女子大生が迎えてくれました。
留学して1年休学していて、今そのITベンチャーインターンをしている先輩にあたる人だとか。そこから寮に向かうと一人の女の子がいて、話してみると面白いんです。大学を中退して人事をやった経験があり、今新規事業にフルコミットしているのだとか。これから待ちに待ったインターン生活が始まるのだ。心がときめいていました。

ところが入社して最初に自分に課せられたのは3日間のマニュアルという冊子。
椅子に座るとそのマニュアルをこなし、資料の読み込みやテストや設定だけで終わる3日。それからカスタマーサポートで電話対応をやることに。マニュアルの無い中試行錯誤し、ひたすら電話越しに謝る日々。内容もただこちらのサービスやインターン生のミスと思われるような内容ばかり。誰にでもできるし、何か価値を生み出している感覚がなく不満だけがつのっていく日々。
「なんのために自分はここに来たのだろうか...」何も成果という成果が出ないまま2週間が過ぎました。そんなとき、事業部長が自分がカスタマーサポートしかやっていないことに気づいてもうやらなくていいよ、他の仕事探して!と言われ、企画部に入ることに。
そこから自分が関わって進む仕事が増え、やっと自分の存在価値を感じられるようになってきました。

でも、ここ本当に入れ替わりが激しかったんです。次々に入れ替わりに入ってはやめていくインターン生たち。
仕事の引き継ぎもめちゃくちゃ。一人で抱える量のタスクではありません。どんどん増えていくタスク。完璧にしようとすると仕事が終わりません。優先順位を付け、諦める・捨てるということを覚えられたのは3ヶ月目でした。この時まではただただ自分の居場所が欲しくて、ただがむしゃらに目の前のことをこなしていました。


それでも辞めなかった

インターンを辞めることを考えたときは何度もあります。上長がいなくなったことが2回。部署が変わったことが4回。辞める人に変わって殺人的に増えるタスク...「なんなんだ人を人と思ってない組織は...‼」と憤りを覚え、何度か辞めることもしばしば考えました。
それでも自分は、自分を変えるためにここに来たのだから結果を出すまでは辞められないという思いがありました。半分意地です(笑)他の選択肢があればやめていたかもしれません。知り合いに話すたびにやりがい搾取と言われました。

ただ、自分が今までやってきたことの中でこのきつさをしのいだと思うことは2つあって、一つは陸上部時代のリハビリからの復帰経験。400mハードルを専門にして県大会の常連でしたが引退直前の冬に腰をぶっ壊したもの陸上以外に自分の自己実現の方法なんて知らなかったので、徹底したリハビリメニューに取り組み、復帰してから自己ベストしか出さなかった体験。ドラマみらいに復活劇でした。
もうひとつは休学を強行したことです。自分は元来人目を気にするタイプで失敗が怖くて、人にいい顔しかしませんでしたが、自分の本心に忠実に選んだ決断で親の言うことも聞かずに覚悟を決めてきたことが自分にとっては自分を後押ししていました。自分が本当にやろうと思えばできないことはない。その思いだけでした。

過去に試練を乗り越えた経験があれば、その自信が自分を後押しするんですね。

あとは、成功体験を業務の中でなかなか積めませんでしたが、自分にとって好きな「人のために何かをして喜んでもらえたとき」、周りが苦手な事業の「整理整頓をするとき」、「うまい文章を書くことができたとき」など自分の好きなことで困っている人のサポートをできたといったちょっとしたやりがいだけでなんとか自分を慰めていました。でも、このときはまだ何も成し遂げられていませんでした。

そのころ、地道に配信し、検証し続けて2カ月、少しずつ成果の兆しが見えていたメルマガ。事業でもリピーターからの購入数がどうしても増えないというのが最近の最大の課題と常々言われていました。
「これを成功させたら周りにも認められるのでは?」という思いつきがありました。それを自分のゴールにしました。やれば必ず役に立つことが分かっている。これを自分の成果にしようと決めました。


初めて自分が役に立ったと思えた瞬間

知識ゼロから取り組んだメルマガの改善。ABテストや仮説に基づいて複数配信を本格的に試行し地道に続けて、営業に成功している体験をフィードバックし続けて2ヶ月目、メルマガが爆発的にヒットしました。普段の月の2.5倍の購入数。しかも単価が高いものが売れたこともあり、リピーターからの購入が一気に増えました。
これまでにない達成感と自信が自分に芽生えていきました。「ああ、成果を出すってこんなに嬉しいんだ。この達成感が欲しかったのか。」
誰かに承認されてしか得られない達成感でなくて、自分の努力によって着実に生み出した成果。陸上のときと同じように自分自信で自分を満足させられるこの快感。
自分自身が急速に満たされていく感覚がありました。

そしてもうひとつの気づきは、努力を継続しない限り兆しも見つけられないし、事業が求めている成果も分からないし、大きな成果を出すことができないということ。
ひたすらどうすれば目の前のことが良くなるか、もがいて諦めずに「努力し続けること」がいかに大事なのかを実感しました。

自分にとって足りなかったのは成果を出すためのPDCAの思考です。いつも途中で頓挫することが多かったから、逃げていたからなにも身に付かなかったのだと思い知らされました。
続けられることは才能だと。半年は続けないと本当に自分にあっているかも分からないのだと。
そして、毎日の日報でKPTを書きだすことでできない自分ではなくて、自分の成長を自覚できるようになってきました。
これはKeep(良かったこと)・Ploblem(悪かったこと)・Try(次にやること)という課題を認識するためのフレームワークです。これがPDCAを回すためにやった中で最も続けやすく、効果的な方法でした。
成功する人は兆しを逃さないのとPDCAを高速で回し止まらないし、徹底的に効果的な打ち手だけを厳選する、これが揃わないと圧倒的な成果などは出すことができないのだと。
半年間何かを続けないと何も得られないという自分の仮説が当たった瞬間でした。


自分を支えてくれた言葉

自分を支えてくれたのは、自分の強い意志があったからというよりは様々な人たちの声掛けでつなぎ留められていたようなものだった。
自分が辞めるか悩んでいたときに声をかけてくれたのはシェアハウスに一緒に住んでいた社員さんだった。
自分が何もできないと悩んでいるときかけてくれた言葉が「なんか〇〇ちゃんってこんな自分じゃだめだ、過去の自分いやだって思ってる感じがする。そんな道を選択してきたのも自分なんだよ。失敗した自分も自分は自分じゃん。もっと自分を許してあげな
そのとき、ふっと救われた思いがした。失敗してもいいんだ、それからどうしていくか考えることが大事なのだと。きっと一人ではこんなつらいことやめていただろう。

「自分が役に立たないって思っているみたいだけど、〇〇ちゃんだからこそ周りに与えている影響がなければいけないなんてことはなくて、〇〇ちゃんはかけがえのない存在なんだよ。」
「居場所はとか信頼って欲しいと思ってできるものではなくて、目の前のことをこなしていって成果が出て初めてああこの人できるんだ、次これを任せたいっていって仕事ができていくものだよ。」
「分からないってただの思考停止じゃない?正解とかビジネスの世界にはないし、そこからどうしていくか考えなきゃ。」
「今分からないものはこのあともずっと分からないんだからとりあえず行動してみな。」
社員さんから背中を押された言葉はこのほか数えきれないけれど、確かに自分のインターン生活において心の支えになっていたことは間違いない。

大事なものは自分の中にあった

「バケモノのこ」という映画を見たことがありますか?
(自分はこの監督が作る映画のアニメーションが好きなんですが、)
この話の中で登場人物の熊徹が「心の中に剣があるだろ」という話をするんですが、これに通じることがあると思っています。
自分自身が好きな人や自分は家族から愛されていると心の中で信じれている人はどんな環境にいても強いです。なぜなら、自分自身を守る強力な心の支えやよりどころが自分自身の中に内在化できているから。自分を無償で愛してくれている両親や周りの人がいたら、自分自身を絶対的に愛されている存在と捉えることができる。
その感覚がやっと分かった気がします。自分を信じるというけれど、「自分を許す」、「自分を愛する」ことができると自分の人生を歩むことができる、これは自分の人生じゃないと思うのではなくて、自分自身で自分を受け入れてその上でこれからどうしていくか真剣に考えることができるということだと思います。
自分は人に愛されている、一人でも自分自分は価値のある存在であると心の中で信じることができたとき、孤独感を感じることはないし、自分の心の中に支えとなる「剣」が存在していることを意識できるようになるのではないでしょうか。
誰か一人でも自分を認めてくれた人がいたら、その人は自分を認めることができるのではないでしょうか。

だから今は怖くない。

今は心に自分の”剣”があるように感じます。今は過去の自分があったから今の自分があると心から思えます。
インターンを通して考えたことは自分にとっても、人生の教訓となることが多くて今でも心の支えになっています。
このことを忘れないためにもここに書き記しておこうと思います。
今ではあんなに嫌いだった自分もそんな自分も自分だと思えるようになり、全く価値のない存在などではなかったと思えるようになってきました。だからもう寂しくないし、自分自身のことが好きになったように思います。
だから人に何かを求めるようなこともなくなってきましたし、人が思っていることが素直に理解できるようになった感覚があります。
自信なんて最初からないんですよね。自分のことを否定せず受け止めることができるようになって、初めて本当の自信は付くのだということを学びました。


ただ自分に足りなかったものを固めただけの半年間だったけれど、後悔はありません。
これからの人生の歩み方をこの経験を活かして精度を上げていくだけ。
これからも自分を受け入れ、自分の人生だと自覚しながら全力で日々を生きていこうと思います。

 でも人生の時間は限られています。こんな経験をした自分だからこそ、人と人との繋がりで世の中を良くしていきたい、個性を尊重できる人間でありたいと心から思っています。

他人を気にせず生きるには


人を気にせずに生きたいと悩む人って多いですよね。
自分も他人のことを気にして生きているタイプの人間でした。

なんでなんだろうと考えてみると、
自分の母は教師で、常識人で、人に正しいとされる姿を求められる立場ゆえ、人一倍一目を気にするよう自分を教育してきたし、

人との調和を好み、規律を守る事で他人との争いを最小限にし、
常識を重んじる事で、互いを理解し合う。


父親はプライドが高く人一倍世間体を気にするタイプだったので、
進学校に行けとか、公務員になるのが幸せなんだとか、大企業に行くべきだ、とずっと言われて育ってきました。
まさに、典型的な日本的家庭です。

そんな二人を見てきたからさらに自分も両親に認められるように、
世間一般的に求められる正しい子供であろうとしたし、人目を気にして自分のしたいことをあまり出してこなかった気がします。

でも、ある時気づいたのですが、
人はそんなに人のことを気にしていないし、
人の人生を監視するより自分の人生に生きるのに必死でほとんど自分のことなんて見ていないということ。


それに、親の時代はそのように世間のルールの中ではみ出さず、常識人であることが
世間一般で良かった時代かもしれないけれど、
今は個性が求められる時代でそんなに常識人であることよりも
自分らしくある人の方が好まれるような時代になってきました。

もはや、自分がこうあるべきと思っている人はいろんなことを我慢しないといけなくなってつらいだけ。

他人と違うことをすることは、恥ずかしいことかもしれないけれど、
それは一つ思い込みもあって、
自分自身が正しい人間だと思っているかもしれない。
誰だって間違うこともあるし、失敗することもあるけれど、
自分がちゃんとした人だと思っている人は間違うことや批判されることを恐れて、
なかなか自分のやってみたいことができなかったり、わがままだと思ってできなかったりします。
でも、もっと自分にわがままでいいのでは??
一目を気にしなければやってみたいことなんて本当はいっぱいあるのでは?

ほら、自分なんかちゃんとした人間じゃないって思ってしまうと、
わがままも少し気が楽になりませんか?

ただそれを言うのに必要なのはちょっとした勇気と開き直りです。
子供っぽくていいじゃないですか。
勇気をもっていった人を否定するような人はいません。
それを言ってみて許してくれる人は心無いだけ。
そんな人なんて気にしなかったらいいのですから。


タイにバックパックに2週間行ったことがありました。
そこには日本から来ている旅人もたくさんいました。
そんな人たちに話してみて感じたのは、
「人生は一度しかないし、人目を気にして生きた人生はつまんない」ということ。
「もっと自分の人生にわがままでいいよ」そんなことを言う人ばかりで最初は驚きました。
でもあとあとその言葉の意味を考えてみたけれど、
うんうん、言われてみればそうかもしれません。

ちゃんとした人だと思っている人は
常識を常に考え、我慢できる大人になり、
空気を読める自分に、自信と安心を求めます。
それが、「大人」と思っているからもがいているのでは?
そんなに自分を縛る必要はなにもないです。


ちょっと勇気を持ってわがままになってみましょう。
人目を気にせず生きてみたいなら、
もっと自分に素直になって、
自分のしたいことを勇気をもって出してみましょう。
人に否定されてもいいです。
みんなに好かれる人なんていないんですから。

人目を気にせず、自分に素直に生きるといことは
自分の人生を自由に生きることになります。
自分の決断に責任を持つことになりますから、後悔することが少なくなります。
自分の好きなことを追求してイノベーションを起こしたり、社会を変えてきた人たちのき方に心から共感できるようになります。

人目を気にせず生きたいのならまずは、人目を気にせず頑張っている人たちを馬鹿にすることをやめましょう。

自分自身にも素直になりましょう。

とにかく少し勇気をもってみましょう。

少しずつ自分の意識が変わって人生が楽しくなっていくかも。

休学して長期インターンをしても人生は変わらない~失敗しない休学ガイドライン~

今、学生のあいだで流行っている休学。
自分が休学して東京のITベンチャーで長期インターンに参加した経験から
「休学して長期インターンをして人生は変えよう」と歌っているとある人材会社のコピーについて考えてみました。

休学の昨今

大学での学びでは物足りず、就労経験として長期インターンに取り組んだり、
長期で海外に留学したりという学生が関東・関西を中心に増えつつある。
休学を薦める人も増えています。

東京新聞:新入生の君たちへ 寄り道のススメ:考える広場(TOKYO Web)


企業でもコスト削減のために自分の軸があり、すぐに活躍してくれそうな学生を採用したいという人事も増えていたり、
大学も休学費を下げたり、海外のギャップイヤーが注目されたりしていて今休学はただなんとなく大学生活を過ごしてはいけないという先輩たちの声もあいまってちょっとしたブームです。

www.nhk.or.jp


休学して学問以外で何かに力を入れたいと思っている学生は
行動力があって、自分の意志が強い人も多い気がします。
東京では結構主要な選択肢になっているようです。
そんな人が魅力的に見え自分もやってみようかと思う人が多いのも事実でしょう。
地方ではどうかというと、私も長期インターンのために休学して上京してきている人と10人以上出会いました。
または、大学の授業がない4年生から東京にしばらく住んで働く経験をするという人もいたし、そもそも就職する気がないという人もいました。

でも世間体的には、休学=アウトロー、就職に不利、同期より卒業が遅れて不安
といったイメージも根強く、なかなか休学の選択をしない人も多いのも事実。
この価値観が受け入れられないのはその経験をしていない大手や公務員勤めの40代後半以上のほとんどが地方で働いている人にある価値観のように感じます。


休学してまでインターンをして得られるものとは
私が思う休学のメリットは、何と言っても自分の好きなことに没頭できる時間をかなり長く確保できることにあると思います。
その時間を長期インターンに当てて得られるものは、留学やただのバイト漬けの生活と比較してまた違ったもの。
考えられるものは以下のものが挙げられます。
自分の職業観・軸(就活前は経験がないのでなかなか得られない)
自分の得意なことで稼ぐ経験(選ぶインターンにもよる)
仕事における基本スタンス
圧倒的責任感・当事者意識
目的逆算思考・PDCAやできることを考える習慣など
・プログラミングやマーケティングなど大手の新卒ではできない経営に必要な実践的なスキルと経験
などではないかと思う。

 

でもこの根底には
仕事に没頭できる環境(最低限の衣食住ができる、集中できる仕事環境がある)
・世の中に必要とされている商品・サービス
・信頼できる人・チーム(教えてくれる経験者がいて、安心して挑戦できる)
が必須のように思います。
なぜなら慣れないインターン生活でセルフマネジメントができないうちは、
しっかり休養が取れないくらい働いてしまったり、食事の重要性が分かっていなかったりして体調を崩すこともあります。住民票がないため病気になってかかる病院の治療費は高いですし、野菜など栄養価の高いものも高めです。
ストレス耐性のない人や一人で抱え込みがちな人は知らず知らずのうちにストレスが溜まって精神的に追い込まれてしまうような人も出ることも多々見かけてきました。
自分をサポートしてくれる環境を整えることもインターンを無駄にしないためのリスク管理として必要だと痛感しました。

 

何のためにインターンをするのか
ではなぜインターンをするのが良いのでしょか?
よくあるのは就活のためのネタ作りとか、最低限のビジネスマナー」を学ぶためと言った学生を見かけます。
実際にそのために長期インターンに費やす価値はあるのでしょうか?
実際、そのような経験は新卒でも得られるし、なんなら研修がしっかりしていない企業で働けばほとんど得られずに終わることすらあります。
企業の人事からしてもネタ作りのためにインターンをしていたと言う学生はよっぽど成果を出している人を除いて採用したいとは思わないでしょう。


逆を言えば、自分自身がしっかりと自分にあったインターンをリサーチして行動すれば
大幅に今までと環境を変えることは確実にできるでしょう。
なぜならベンチャーでのインターンはチャンスを与えてくれることが多いからです。
自分のこの能力を高めたいとかこの専門性をあげるということは
いつも通りやてしまっても絶対に身に付きません。
教えてくれることが当たり前とは絶対に思わず自分の力で学んだり、質問力を高め学んで行くことが効果的です。
(特にベンチャーは教えられるだけの余裕がそんなにない分、短い時間で的確な答えを引き出せる質問する側の力も不可欠です)
自分を向上させ続けるためには今の自分の当たり前に満足せずに
「なぜ」を追求し続けることが必要です。

 

思考停止するな」

これは上司に言われてハッとした言葉です。
わからない、できないことは妥協すればすぐにやめることができるけれど、
今のこの状況を打開するには、とにかく動きながら考えるしかありません。
特に自分しかできる人がいないという状況が自分の思考停止を防ぐ環境としては最適だったように思います。
ひたすら考え、行動し、改善し、なぜうまくいったのか、なぜできなかったのか、なぜ今この行動をしているのか、常に振り返って考え自分のものにしていくことが学びを深めるために大切です。


目的のないインターンは危険
インターンを考えている人は自分がこのインターンに参加する目的が言葉にできるだろうか。
行動力のある人ほどこれはよく考えて置かないといけないと思う。
それは曖昧なままでもフットワークの軽い人なら簡単に参加するところまで行動にこぎつけることが容易だからである。


自分のやりたいことが分からないまま入るとどうなるのかというと、
最悪の場合「時間と労働力の搾取」といわれるような低賃金で企業の言われるがままに働いてしまうこともある。真面目な人ほど入ったからにはやめられないと言ってお金に困るまで働き続けることもある。
「やりたいことが分からないのでなんでもやります」という学生を労働力としている企業もいることも自分の身を守るために心得ておくべき。

(東京ではインターンが増えてきてアルバイト感覚で学生も取り組んでいることもあるが、無償で働かせる企業も多い。東京の学生はこれに1〜2年生くらいで参加して、3年生以降で有給の難関インターンに参加しているのが普通のようでした。)

自分の貴重な大学生活を休学してまで働いていくのだから
何のためにインターンをするのかを明確にしたうえで取り組むべき。
自分の立ち位置を都度確認していなければ、自分のわずかな学生生活を棒に振ることになるかもしれません。
自分の成し遂げたいこと・得たいことが適う環境はどこか、それをするためには何が必要なのか事前に徹底的に考えてみましょう。

振り返りと日々の気づきを大切に
インターンでの目的が決まったらそれに対して自分がどのくらい進んでいるか確認することができる。
しかし、
実際インターンを始めて見ると意外と忙しくて
気づいたらもう数ヶ月経ったけど何か身に付いたのだろうかと疑問に思う人もいる。
なぜだろうか。


その学生の多くに共通しているのは、日頃の振り返り自己の内省が少ないということだと思います。
自分がどのくらい成長したのかなど定期的に振り返らないと成長や学びに繋がる気づきが深まリません。

自分自身で気づくのが難しい人は人に話すことが有効です。
言葉にしたり、他人にフィードバックしてもらうことで気づけることが限りなく多いからです。


しかしながら休学してインターンに取り組む人の多くは
初めての土地に来てコミュニティがない場合が多いもの。
ほとんどの人が孤独から始まります。
企業でメンターがついてくれたり、チームメンバーと話す機会や同世代が一緒に住んでいるとかだと良いですが、
ベンチャー・スタートアップでは基本的に教育するのに教育コストがかけられないためなかなか相談する時間がないまま自分のままで自分が抱えてしまったり、
振り返りの時間を意識的に取らないと自分では気づけないまま時間が経ってしまう。
経験者がおらず、教えられなかったり、新人インターン生が放置されるような企業も多い。
こんな環境では自分から調べたり、人に相談できない人にはかなりきついです。
(今までの義務教育で先生の一方的発信で過ごしてきた世代には酷な話である)
インターンの悩みの中でこの悩みは一番最初によくきく気がします。

しかし、「教えてくれないから分からない」は社会人にとって基本的に言い訳である。
企業では忙しく人も足りていないため、自分で学んでいくものという考え方が普通。
分からなかったのならなぜ聞かないのかと言われます。
何もせずに全部丁寧には教えてはくれないもの。「教えてくれないから」は自分の仕事のできなさを見せるだけ、自分の分からないことは調べる・聞くが当たり前と心得ましょう。

 

インターンの入れ替わりが激しい企業はブラック企業
今まで述べてきたことをまとめると、
インターンを探す際に気をつけるべきなのは
・自分が興味のあることをやっているのか
・自分の必要な教育環境があるのか、
・最低限の衣食住を確保できるか です。それ以外に気をつけることはあるのでしょうか?


一番よくインターン生をやっている人に不満を聞くのは、
ベンチャー企業ででよくあるインターンの入れ替わりが激しいことでしょう。
バイトでも経験した人がいるかもしれないけれど、仕事は日々増えるのに人員が減っていくとどうなるか、当然一人当たりの仕事は増え、辞める人の仕事を引き継ぐというタスクとその人の仕事が自分の仕事に上増しされることになります。なぜそんなことが起こるのかと思うのですが、
教える人がどうこうではなく、
これは選んだ側のインターン生が自分の求めているものをしっかり分かっていなくて起こるミスマッチに他ならない。
新卒が3年以内で辞める理由となんら変わりないと思う。
企業はいいことしか言わない、学生も自分はこれがやりたいですというけれど
実際にそれに合っている仕事がなかったり、環境が会わずに辞めることで中に残っている人に迷惑がかかるのでやめていくことがフォーカスされるのです。
そのような企業には初めてインターンをする人はよっぽど意志が強くない限りオススメしない。

インターンの離職が激しい企業は、成功していない原因がマネジメントなのか、プロダクトが良くないのか、何かしら問題があるはずですが、そのような企業では採用が悪いか、学生が悪いかのどちらかが根本の原因であると自分は思うその学生をモチベーションつける力が企業にない場合、軽い気持ちで応募してきている学生を見抜けないと辞める人が多く出る原因になる。また、学生自身も明確に自分のやりたいことが分かっている人の方が少ないので、やっていくうちに自分のやりたいことでなかったと思う人はやめていく。
企業の採用力は自分ではコントロールできないが、実際に働いているインターン生の優秀さだけに目を輝かせるのではなく、その人が続けられている理由ややめていった人の退職理由なんかを聞いておくと自分に合ったインターンを見分けられると思う。

それと自分のモチベーションの源泉を知っておくこともインターンを継続してパフォーマンスを発揮するのに大事なのではないかと思う。
教える環境がないとか、社内の雰囲気が悪いとか、トップダウン過ぎるとか、低賃金で働いているとかは言い訳で。自分がやりたいことが明確であればどれだけ忙しくてもやりたいことをやらせてもらえている限り文句は出てこないのだ。自分の問題として考え、じゃあどうしたらいだろうと考えるので人に文句を言っている暇なんかない。文句を言っているのは大抵自分の頭で考えずに言われていることをやっている人や時間があって暇な人でもあるのだ。自分の中の当たり前を変えていく姿勢を身につけていこう。

初めての環境の中で成果を上げるには自分自身の強い目的意識と日々の気づきがなければ難しい。よりよい改善ができず、努力しているのに成果に結びつかないからである。
まずは自分のやりたいことや目的を明確にしてインターンに臨むのがいいだろう。
分からない場合はもっとリサーチするか自分の中で明確にすることを目的にしてインターンをしてもいいだろう。その場合は明確にするためにひたすら思考と行動を繰り返すこと。やりたいことを明確にするのに多くの時間を割いてはいけない。自分の学生生活だけでなく人生はそもそもそんなに長くないのだから。

合わなかった場合、就活の計画を立て直す必要も
仮に長期間関わってきたインターン先が合わなかったと決断し内定をもらわなかった場合、自分の長い時間を投資したにも関わらず、内定も取れず、就職活動をリスケ・再スタートしなければならない場合もある。
そのようなことにならないために最低限自分の中でインターンが合うかどうか、確認することを明確した上で臨んだほうがいい。(これは管理人が一番失敗したこと)
自分のやりたいことであるか、自分が生活するのに十分な収入が得られるか、信頼できる組織か、社内で実績をあげていて成功の仕方を知っている人がいるか、仕組みが構築されているか。自分の求めてるものを明確にしておこう。求めているものが分からないと言うのは選択肢を知らないだけなのでひたすら調べることである。

限りある休学期間を有意義にするためにも自分の振り返りの指針となるような目標設定と振り返りの時間(社外やコミュニティでメンターとなるような人をみつけておくとか)をもつことをお勧めする。

 

結局休学して長期インターンで人生は変わるか
ここまで読んでもらって感じたと思うが、長期インターンをしても人生は正直変わらない。人生は変わらないが環境と自分が仕事やキャリアに対するスタンスは大幅に変わると言っていい。
長期インターンは今までかなりのマイノリティで就職活動にも有利と言われてきた。
でも今は目的意識も乏しいままになんとなく休学をして、インターンをやってみたという学生も少なくはない。ただ留年をしてしまった人よりはいいかもしれないけれど、
はっきり言う。休学してインターンをしたからと言って人生はそう簡単には変わらない。

確かに休学すれば時間的な余裕は生まれるが、自分の目的意識をはっきりさせて行動しない限り何も学ぶことはできない。時間の無駄である。

 

では、どうすれば人生を変えるようなインターン生活を送ることができるのだろうか。


有意義な長期インターン生活を送るには
自分を変えたければ、休学も関係なく、必要なのは圧倒的目的意識と自分を変えたいという強い動機づけである。
なぜ自分は変わる必要があるのか、どう成長する必要があるのか、何をしたら幸せなのか。
自己分析と今やっていることに強い意味づけができた人は、自分の歩んできた道を正解にすることができる。
できていない人は、まだもっといい選択肢や人生があるはず、と思い、夢物語で終わってしまう。そんなアメリカンドリームのようなことはそう簡単にはいかないものだ。
そこには泥臭い努力と覚悟がいる。
今の自分をありのままに捉える。自分の行きたいゴール地点を決める。地に足付けて夢中で努力する。ただそれだけだ。
自分の人生に責任を持つマインドセットができればいろんなものがよい方向に回り出す。

自信がないときはたいてい言い分けである。自信はできることが増えてきたら自然と出るのでまずは行動してみること。そして自信を付けるために必要なのは自分との約束を守ること、行動することである。つまり、自分で決め、とにかく行動に移すことから始まる。これを達成していくときに必要なのが選択と集中である。
全てのことをこなすことはできないし、成果を出すには大きな努力が必要なのだと心得るべきである。ひとつ没頭してみて自分の生産性を向上させよう。


スタートアップにインターンする、ということは、特定のタスクが必ずしも用意されている訳ではなく、配属先によっては、言葉も仕事もサポートもしっかりしている訳ではありません。
こうした環境の中でも、能動的に自分の役割を見つけ、積極的にコミュニケーションを図りながら、組織に貢献する方法を見出すことができる人はとても誇らしく思う。


自分への自戒も込めて、長期インターンを考えている学生にぜひ一度、
自分の計画と目的を考えて欲しいと思う。

これを読んだ人の中には、就活を失敗したら人生終わりだと思う人もいるかもしれないですが、残念ながら就活を失敗しても人生は終わりません。そのまま人生は続いていきます。

じゃあどうしたらいいかと言うと、ありのままの自分を受け入れ生きていくしかないのです。その人生を何かのために費やすのか、自分のやりたいことなのかしなければいけないことのために費やすのかはその人次第。結局、up you you。


これから長期インターンが主流になっていくと思うけれど、どの学生も後悔なく長期インターン生活を楽しんでくださいね

休学中だけど新入生歓迎イベントで学科代表で話して感じた大学の良いところ

 

今日は自分の通う地方国立大学で新入生に向けて先輩と交流できる2日間のイベントがあり、そこで新人さんの質問を受け答えする学科の代表として出てきました。

 

大学休学しているので半年ぶりくらいの大学です。笑


一年生ってめっちゃフレッシュ!

おすすめのアルバイト・サークルと部活の違い・副免・カリキュラムについて・学科での過ごし方について・...etc.なんでも不安。

大学生活に不安と期待いっぱいの新人さんたち。自分もそんな時期があったなと懐かしくなります。

確かに自分から情報を取りに行かないと情報ないのが大学と高校までとの大きな違いかも。いい意味で自由ですよね。

 

4年前はこの地方大学がとにかく嫌いで
誰かと仲良くなろうという気持ちもなかったけど、
今思えば他の学部の人とも仲良くなる機会だったから行っとけばよかったなと。

あのころは自分が行きたかった大学に行けなくて引きづってました。
でも4年間で他の学部で関われるのは、
この機会か2年生くらいまでに頑張って授業やサークルで仲良くなるしかなかったので、早めに動いていた方が得だったなといまさらながら思います。

 

さて、自分なりに地方国立大学・総合大学の良さを4年間通ったなりにまとめてみようと思います。

短い時間で社会的信頼を得られる肩書き

これは就活やイベントで他の大学との繋がりができてから感じたこと。
県内では優秀と言われ、期待を込めて優しい対応をされます。
山口大学の〇〇ですと自己紹介をした時、
同じ県内に自分の大学より偏差値の良い大学がなく、
バイトでも就職活動でも山口大学といえば頭いいみたいなレッテルで扱われることが多かったです。

だから、バイトの採用でもわりかし受かりやすかったし、
就職活動も県内では無双、恋愛でも一定のネームバリューになっていたかもしれません。(福岡や広島にいけば一気にその関係は崩れますが。笑)

教育免許が複数取得できる
教育学部に限りますが、複数の免許を取得することが可能です。
自分の場合は、大学時代まだ何になりたいのか分からなかったのでとりあえず学科の英語と(中・高)、保体(中)、小学校の4つの免許を取得しました。
普通1つの免許を取るだけでかなり大変なのはずですが、
自分は170くらいの単位を取得し3年生までの授業でほぼ必要な授業を取り終えていました。

さらに実習も充実していたので附属小学校2週間、附属中学校3週間と公立中学2週間、特別支援学校1週間、介護実習1週間が必須。
他学部では1回3週間の実習のみと聞くので、
きつくもあるけど、本気で教師になりたい人にとってはこの上ない環境かもしれません。
比較的地域の学校との繋がりも強く、チューター活動もあるので、就職する前に現場で働く経験をしたいならおすすめです。

 

いろんな分野の人とかかわりがある
8つの学部を有する山口大学は授業やサークルで多くの人との出会いがあります。
バイトをすれば、旅館、居酒屋、コンビニ、パン屋、ラーメン屋、事務、カラオケなど様々な仕事もあるし、自分は大学のアルバイト留学生支援室のアルバイトをしていました。
ただし、東京とかに比べるとそこまで専門性が高い有名な先生って農業、心理、国際系建築くらいかもと聞きます。
アカデミックな分野で自分のしたいことが決まっている人は他の大学の方がもしかしたらいいかもしれないです。

 

お金がかからない
山口大学は学費が安い・休学してもお金がかからない・JRの学割・指定パソコンなどの保険込のサービスがあります。
大学周辺に学生

アパートがあるのですが、家賃は平均3万円。
いいところに住もうとしても4万で8畳くらいあったり、ロフトがあるようなところに住めます。
学食はそれほど安くはないでが、一食500円くらいで自分で作らずに料理を食べられるので男子学生は楽かもしれません。

よくもわるくも安定志向ない人が多い
公務員志望が全国指折りだったり、医者や教師など資格を取ることで就職につながる学部も多いので、どちらかと言えば安定志向の人が多いです。
だから卒業のための単位を取って卒論をとりあえず出して、という人が多く、自分から積極的に行動に移している人が多い印象。ベンチャー志望なんてほぼいない。
他の大学との交流もほぼないので同世代に刺激を受けることもなく、競争が少ないので、比較的成長志向の人が少ないです。もちろん人にもよりますが。だから行動力のある人は目立、非常に目立ちます。

自然が豊かで車で出かけられる場所がいっぱい
観光地で良く乗るような自然の綺麗な場所がいっぱいある
服をかったり、お洒落な場所は少ないけど、都会に負けないくらい豊かできれいな自然がいっぱいある。


後輩たちに話したことをざっくりまとめるとこんな感じです。


モラトリアム期間にたくさんやりたいことに挑戦して、失敗して、自分なりの答えをたくさん貯金する4年間にして欲しいです。
自分の自戒を込めて。