からふる。

大学を1年休学した山口の大学生が人生や教育、旅について書き綴るブログ。旅する人生で、美しい世界、田舎から東京、そして海外と飛び回って見てきた景色とは。

死ぬまでにやりたい100のリスト~映画「最高の人生の過ごし方」に学ぶバケット・リストの勧め~

 

バケットリストをご存知だろうか。

 

バケット(棺桶)リストと言って死ぬまでにやり残したことを書き起こして

残りの人生を楽しむリストのことである。

最高の人生の過ごし方という映画で余命2ヶ月を言い渡された老人2人が

人生最後の数ヶ月を過ごすためにリストを書き起こすことがら始まっている。

 

自分の人生80年だとしたら23歳である自分の余命はあと57年

あと今生きてきた時間と同じくらいの時間を2回半くらい過ごせるわけだ。

けれど今のように体が動くのは30歳くらいまで

40歳くらいはしがらみが増えできるように動けない。

20歳くらいまででその後の人生も決まって来る。

けれど、後悔しない人生を送るためにはやりたいことをやれる時にやってしまうことが大事だ。

そんなことでやりたいことを書いてみた。

主のやりたいことリストを公開してみようと思う。

 

 

大学入学時から書き足していって、達成したものは、☑マークを記載。

ある場合は、達成したときのブログ記事へのリンクを貼っていきます。

人生の100のやりたいことリスト

1☑︎海外留学に行く

2☑︎カフェ、パン屋、旅館でアルバイトする

3☑︎変わったアルバイトをする(競馬場の馬券売り場、コワーキング)

4 海外の友人の家に遊びに行く

5☑︎サークルの立ち上げに関わる

6☑︎山口の名所を巡り尽くす

7☑︎自転車で秋吉台まで行く

8☑︎ヒッチハイクをする

9☑︎青春18切符で旅する

10☑︎空港泊する

11☑︎国内ひとり旅をする

12☑︎アジアでバックパックする

13☑︎ボランティアに参加する

14☑︎ランニング仲間を作る

 

15☑︎フルマラソンを完走する

16△就活コミュニティを作る

17☑︎イベントを主催する

18☑︎自分の団体を作る

19 47都道府県を回る(現在東北・中部を除き3分の2程度制覇)

20☑︎教育ボランティアに参加する

 

21 家庭教師・コーチをする

22☑︎都会と山口の2拠点で生活する

23 ジブリの舞台のモデル地を回る

23☑︎6ヶ月以上都会で暮らしてみる

24☑︎カットモデルで髪を切ってもらう

25☑︎シェアハウスに住む

26☑︎日本中の友人宅を周る

27 facebookの友達が2000を超える

28 twitterのフォローワーが1000人を超える

29 Instagramのいいねが1投稿で300を超える

30 RTが100を超える

31 ブログで1万PVを超える

32 LINEスタンプを作る

33△100人逃走中をやる

34☑︎スキューバダイビングのライセンスを取る

35☑︎大学時代に資格を4つ取る

36 学生起業する

37 シーシャを体験する

38☑︎カジノに行ってみる

39☑︎サマースクールの運営に関わる

40☑︎カフェ巡りをする

41☑︎ゲストハウス巡りをする

42☑︎カラオケで95点以上で歌う

43 スカイダイビングに挑戦する

44 バンジージャンプに挑戦する

45 富士山登頂

46 TEDに登壇する

47 フリーハグをする●

48△バンドを組む

49☑︎ダーツでハットトリックを出す

50☑︎ボーリングで150点以上取る

51 自宅をシアタールーム化する

52 秘密基地を持つ

53 CouchSurfingのホストになる

54 イルカと海を泳ぐ

55 海外で商売をする

56 外国人に日本語や日本文化を教える

57 学生の前で講演する

58☑︎お寺に泊まる

59 屋久島で合宿をする

60 Huberのガイドをやってみる

61 Airbnbのホストをやる

62 2020の東京オリンピックに関わる

63☑︎武道を習う

64 サーフィンをする

65☑︎プログラミングを習ってみる(Python)

66☑︎外国人と付き合う

67 学生のうちにヨーロッパの美術館を巡る

68着物で城下町を歩く

69自分発信のメディアを作る

70アナザースカイをやる

71企業のスポンサーをつける

72英語がペラペラ話せるようになる

73ハリーポッターの聖地巡りをする

74自分の旅をアニメーションにする

75アフリカの動物を生で見る

76文鳥を飼って暮らす

77道路にペイントする

78海外で行った先のチーズケーキとダイビングを楽しむ

79デンマークのフォレスホイスコーレに通う

80ギターの弾き語りができるようになる

81生花を習う

82着物を自在に着こなせるようになる

83△国際会議に出る

84 学生の人生相談に乗る

85ビキニを着る

86 47都道府県全てに友達を作る

87 友達全員に年賀状を送る

88☑︎就職前に社会人100人と会う

89 老後海外で暮らす

90 20代で投資をする

91 副業で月10万稼ぐ

92 自分で作ったコミュニティから先生を選抜して学校を立てる

93 21世紀版松下村塾、日本版フォレスホイスコーレをつくる

94 自給自足生活を送る

95 田舎に暮らしながら日本中の街を回って暮らす

96 マーケティングの仕事に就く

97 ジャーナリズムの仕事に就く

98 儲けたお金で財団や図書館をつくる

99 幸せなパートナーと家族を持つ

100 サマーウォーズのおばあちゃんのように大家族に看取られて死ぬ

 

映画や海外、教育の影響を受けたものが多い気がする。

学んでいく中でまたどんどん増えていくだろう。

またこれから増えていったら随時更新していこうと思う。

自分の強みを自覚する方法~ストレングスファインダー~

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日本の教育では自分の弱みを克服するように、弱点を潰すことが良しとされがちで、自分の弱いことに注意が向きがちだ。
世界的にも日本人の自己肯定感が低い理由はそんなところから来ているようにも思う。

 

しかし、人生で弱みを克服しながら成果を出していてはあまりにも非効率ではないだろうか。
成果を十分に発揮する前にきっと人生は終わってしまう。就活の間、あらゆる先人たちの考えを聞く中でふとそう感じた時がある。

事実、弱みは強みと表裏一体だ。
人の資質はあくまでもその人の特性・特徴であって、ポジティブな面とネガティブな面の両面ある。そのネガティブな面よりもポジティブな面を多く出すかで人に与える印象や影響力が格段によくなるのである。

飽き性な人は好奇心が旺盛で新しい情報への感度が高い素質があるし、
慎重派な人はじっくり考えてあらゆる角度がら物事を考察することが得意であったりと
一見ネガティブに見える自分の弱みも自分の強みと捉えることが出来る。

 

筆者も自分の悪い所に目が向きがちなタイプであったが、
そのことに気づいたからは随分自分に対する捉え方がポジティブになった。
自分を自分として認められるようになったのだ。
自分の特性を自覚することで、自分との付き合い方が分かる。

 

就職活動に関係なく、自分の強みを知ることが人生を豊かにしてくれる。


さて、自分の特性をあなたは明確に説明することが出来るだろうか?
残念ながら多くの人は自分の強み・弱みを明確に言うことができない。
強みは人との比較や人に言われて自覚していくことが多いため、自分の特性を理解していくには働いているうちに徐々に理解していくものだ。
意識していないとなかなか難しい。
まだ働く経験もしていない学生のうちは、仕事に生かされる自分の強みをみつけるのは至難の技で、就活の自己PRを作るのも大変なことだ

就活で無双している自己PRが得意な人たちは実際、その業界にあった強みを理解しているか、理解はしていないが偶然自分の強みと業界で必要な強みが一致していることが多い。
できるなら嘘をつかずに就職活動はしたいし、自分の強みは理解しておきたい。


実は、たった30分の診断で人の特性を診断してくれるテストがある。

 

その名もストレングスファインダー。なんとも強そうな名前である。
その名の通り、このテストは強み(strength)をみつける(find)もので、
「仕事で成果を上げたい」といった、主に今働いている仕事上での成功を目的として開発されている。
このテストでは強みになりうる34の資質の中から自分の資質上位5つを紹介してくれるもので、世界中の企業でも導入されている。
組織運営ではチーム内でチームメンバーの強みを知理、弱い部分を補い合い、強みを生かして働くことが重要であるということを述べている。

  

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす


さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

 

「さあ、才能に目覚めよう」というこのちょっと恥ずかしい名前の本は、4人の富豪たちから強みの生かし方について述べてある。

そしてこの本では付録にストレングスファインダーが受験できるシリアルコードが書いてあり、専門のサイトでweb受験することで誰でも診断を受けることができる。

 

試しに筆者の強みとそのガイドラインを紹介してみようと思う。

 

まず、サイトにシリアルコードを入力し、20~30分程度の質問項目に答えると回答結果から自分の強みとなりうる上位5つの資質が紹介される。
自分の上位資質の生かし方を知っておくことが今の仕事で成果を出す鍵となる。

 

私は就活前の3年生の冬にこれを受けて自分の特性を知った。

 

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私の上位資質は収集心(input)・着想(Ideation)・適応力(Adaptability)・内省(

Intellection)・達成欲(Achiever)であった。

 

これらの資質が発揮されていれば、強みとして力を発揮している可能性がある。
強みとなっていない場合はまだまだ自分の資質を生かしきれていない場合がある。
資質は互いに作用し合い、強化するものもあれば抑制するものもある。

達成欲があるので一見行動的かと言うとそうでもなく、内省が強いのでその分行動に入る前に抑えられるといった具合だ。

 

自分で言うと「収集心」から関心のある物事を集め、TwitterEvernoteに蓄積していったり、気がついたらネットサーフィンをひたすらしていることから収集心はかなり自分の行動を決めているものであることが分かった。また、「内省」で一人静かに自分の中で試行錯誤し、「着想」で面白い企画アイデアを生む。そして、達成欲で動かずにはいられないので行動に移し、適応力で新しい人間関係の人ともその場の最前最前を選んで行動することができるため、手探りで初めてのイベントをいくつも取り組んできた。完成させられたのは、自分の弱みである影響力の資質のある人を仲間に巻き込みながらイベントの完全裏方に徹するという黄金パターンを確立していったからだ。
「思いついたら自分の中で温めて、準備が整い切る前に行動に移すことで1→100を量産できる」という裏方やプロデューサーとしての最高の強みは説明がついたように思う。前例さえあれば、自分で情報収集してアイデアをまとめ、発信して形にしていくことができることを生かした仕事をすることが自分の強みを最大発揮できる。

 

さらに、ストレングスファインダーでは34の資質をリーダーシップの特性としてそれぞれが4つの領域にカテゴライズすることが出来る。

 

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    • 実行力

→アイデアを「捕まえて」現実のものにする能力

    • 影響力

→グループの主張を確実に周囲に伝える能力

    • 人間関係構築力

→グループ全体をまとめ、より大きな力へと変える能力

    • 戦略的思考力

→常に先を読み、筋道を立てて集団を導く能力

 

の4種類の分類だ。

 各資質の分類は、その人の欲求・ニーズがどこにあるか、どこに向いているのかを示す。上位にどんな資質が多いのかで、その方のあり方、醸し出す雰囲気も変わってくるのだ。上位資質が特定のグループに極端に偏っている人は、会わずにその人がどんな雰囲気を持った方かがわかるという。

自分の特性をこれにカテゴライズして自分で色分けしてみると以下のようになった。

 

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圧倒的に戦略的思考の資質が上位5つのうち3つを占めており、活動するよりも脳内活動に時間をかけていることが分かるだろう。みかけでいうと一見大人しく見えるタイプであることが分かる。
逆を言えば、計画的にきっちり物事を進めるのは苦手で、人前に立って話したり、カリスマ性のある話などはできない方だ。 
長期的視点を持てる「戦略性」「未来志向」を資質に持つ人や影響力のある人を仲間に添えることで良いチームになる。

  

今までは、一人でやろうとしていたから何もできなかったけれど、自分にない強みを他の人に補ってもらうっていう発想で随分いろんなことができるようになった。

 

ぜひ、就活前に自分の強みが分からないという人はストレングスファインダーを受けて自分の資質の生かし方を知ろう。自分に欠けているものではなくて、自分にあるものにフォーカスすることで自己肯定感が増していく。

 

 

自分の活かし方を知ることが人生を豊かにする。

ぜひ就活するしないに関わらず自分の取り扱い説明書を作ってみることをオススメする。

 

 P.S.

一番簡単な受験方法は本を買って(中古は厳禁)、裏にあるシリアルコードをサイトで入力して30分程度の診断を受験すること。サイトからもできるようだが、確実ではないこともあるそうなので本が確実であると思う。
その精度はかなり高く、自分の強みにあったガイドラインとして職紹介や人生の成功における行動アイデアなども紹介されているサイトも多数存在する。

上位資質はほとんど一生変わらないものだと言われているため、受験は一度で十分だというものが一般的だ。

実際、自分は1年後に受けた時、インターンを終えてから上位資質が最上志向・収集・達成欲・適応性・内省になっていた。

引き続き自分の強みの生かし方を磨いていきたい。

就職前に自分を支配している価値観は知っておくべき

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人の価値観は経験から形成される。


学校という箱の中で学び続けている大学生は基本的に自分の家庭から受けた教育による価値観と学校や部活やサークルという小さな地域コミュニティの中の価値観で生きていることになる。

基本的には人は自分の価値観に無自覚に生きており、それを就活の機会になって知ることになる。


今生きているのが辛いと感じる人はそのコミュニティから得た価値観から今をポジティブに捉える妨げを受けていることもあるのだ。
知らず知らずのうち、親の影響で強い価値観に縛られ、
「自分のあるべき姿」と「本当の自分のありたい姿」の中で葛藤している人もいるのではないだろうか。

私は休学中にそれに気づき、時間をかけて克服することができた。

自分の価値観を知りたい、親の考え方に左右されやすいという人にぜひこの記事を読んで欲しいと思う。

 

就活の自己分析で価値観を明確にする 

就活の時に求められる自己分析はよく過去の経験の棚卸しから自分の強みや特性を分析しろと言われる。
これは自分の大切にしている考えや思考の癖を言語化できることが求められている。

人の価値観は基本的に経験からしかできない。

そのため多くの人は幼少期の家庭環境や日頃の習慣から自分の価値観が決まってしまう。
就活で難しいのが日々何気なく行動していた自分の思考や行動の癖を人に納得できるように伝えるために言語化し、分かりやすく伝えなければならないことだ。

 

けれど、多くの就活イベントや就活本では
モチベーショングラフや自分の過去の経験リストから共通項を探す、なぜを7回繰り返せという方法論だけが書かれているものも多くて、なかなか自分の強みや価値観なんて分からないという人もいることだろう。


ぜひおすすめしたいのは、人と本と旅から絶えず学び続けることだ。
経験が制限される今の教育の中では人・本・旅から学ぶことをおすすめする。
自分が大学生活でその3つを大切にすることで自分の価値観を知った瞬間をいくつか書き綴ってみようと思う。

 

人とは字のごとく人に会うことで学ぶことである。
普段関わっている家族や友達ではなく、新しいコミュニティに属している人と話してみることで自分の持っていない価値観や逆に自分だけが持っている価値観に気づくだろう。
基本的にはどんな人からも新しい価値観を得ることができると思っていい。
ただし、価値観が違うことで排他的にならないように気をつけるべきである。
自分と違う価値観を持っている相手を否定するのではなく、そういう価値観があるのか、なぜそのように思うのかを追究していくことが他者理解にも自己理解にも繋がるのである。
最初は新しい価値観を得る中であれもいい、これもいいと影響を受け、自分の軸がブレていると悩むこともあるかもしれないがそれでいい。
最初から価値観が決まりきってしまう方が怖い。20代までは自分の価値観を良いものに書き換えることができる可能性が十分にある。
良くも悪くも影響される中で自分に合った価値観を一つずつ身につけていけばいい。
そして自分の悪い価値観に気づいた時はそれを改めるように心がけるか、それとうまく付き合う術を学ぶべきである。そうやって心は磨き続けることができる。

私の場合、イベントに参加したり、自分の興味のあるキャリアの人たちが集まる場に行ったり、就活であればOB訪問などで人に会う中で自分の考えをぶつけたり、悩みを打ち明けてみる中で自分の価値観を知った瞬間が多かった。
赤の他人なので不思議と親しい人よりも相談しやすかったりもした。



本から学ぶことは古い方法と思うかもしれないが、ずっとこの方法が生きているのにはそれなりの理由があるものだ。
本は先人たちの生きて得た経験と知恵の結晶である。人生の教訓であったり、歴史から学べることも数多くある。
今はWebで検索するだけで様々な情報を得ることができるが基本的には情報の質は良くないと心得るべきである。

 

自分のおすすめする大学時代に読んでおいた方が良い本はこちらの記事で紹介している。

http://rkym6921.hatenablog.com/entry/2017/07/25/101731


情報社会の中ではいかに質の高い情報を得て活用していくかが人生を豊かにする鍵と言っても過言ではない。
知識の差がビジネスにもなりうるものだ。知らないことで他人に搾取されないようにするためにも情報を正しく取捨選択する情報リテラシーは身につけるべきだ。

本から学ぶのは自分にとって昔に生きていた人が先生となって教えてくれているようなものだ。
活字から学ぶのには得意不得意があるかもしれないが、勉強が好きなタイプであれば思っているよりもたやすく質の高い情報を得られ、自分の考えをより洗練することを助けになるだろう。

 

 

旅は自分の訪れたことのない新しい場所に行って、様々な発見をすることができる。
前述した人に出会うためにも最良の方法である。(ただし、一人であることが望ましい)
海外に踏み込めば自ずと文化や習慣の違いを目の当たりにするだろう。経験してきた歴史が違えば、気候、習慣、言語が違う。
国内でも、自分の住んでいる地域と店が違ったり、方言が違ったり、当たり前に食べている食べ物が違ったりして、一人として同じ人はいないことに気づくはずである。
また、深く話してみると職業が違ったり、生まれが違ったり、通っていた学校での勉強や部活も違ったりして、様々な人生のバリエーションが存在していることに気づくだろう。
それは全て、その人が人生で体験してきた経験によっていることが分かっていると自然と相手のことを尊重することができる。初めて行った場所という新鮮さが普段よりも自分をオープンにさせてくれるのかもしれない。

旅はもっとも大学生にやって欲しい活動であり、自分自身も旅によって多くを学ぶことができた。

初めての海外でフィリピン人や韓国人という国籍の異なる人との出会い、国内一人旅でゲストハウスに泊まって出会った様々な旅人、ヒッチハイクで東京~岡山まで縦断する時に乗せてくれたキャリアの異なる社会人に1日に何人も出会った経験などから、価値観の多様さに感銘を受けた。
それと同時に自分の価値観もかなりクリアになった。
そんな自分の体験をいくつか紹介したいと思う。

 

エピソード1:軽井沢での出会い

自分が特に自分の価値観に気づいたのは休学が間も無く終了するという時に軽井沢に行った時だった。

雨が降っている夏のある日の出来事だった。

旧軽井沢駅の観光道から一本外れた道に入って教会を見た後に、
人混みを避けて元の道に戻ろうとしていた時に、古い住宅の並びの中に一件かなり綺麗な洋風のお店があることに気づいた。
視線をやってから何か不思議な魅力を感じて引き寄せられるように中に入ってみた。

 

中には工具や海外製の雑貨がちょこんと並べられていてなんだか可愛いお店。
ミニカーやドアノブ?や穴あけパッチんなどなんとも年期が入っていて何に使うか解らないものがカゴに無造作に入れてある。
奥に小さな白髪ショートボブのおばあさんが店番をしていた。
なんだか可愛らしい魔女みたいだ。

話しかけてみるとその人は軽井沢に近年横浜から越してきた方のようで
とある人と一緒におの店を切り盛りしているそう。この雑貨はそのオーナーが
趣味でドイツから毎回買ってきては店の前に置いているのだそうだ。
それから色々な話をした。
自分が友人と一緒に軽井沢に避暑にきている医療ケアの必要な重度障害を持った子供達に音楽×ダンス×アートのワークショップをしに来たこと。ちょうど一年前にアジアを旅していろんな世界を見て来たこと。将来海外の教育を学びたいことなど自然と言葉が出て来た。

その人もアメリカで暮らした時の話や今では親と別居して暮らしていることを話してくれ、それまでは親の期待に答えようと生き、今のオーナーに言われた一言で自分がその価値観に長い間苦しめられていたことに気づいたという。

その話を聞いた時、一年前までの自分ではないかというものすごい共感を覚えた。
その人も身近にいて自分の良さを知っていた家族以外の誰かの一言によって自分が縛られていた価値観に気づき、親と別居することで少しずつではあるがその価値観から解放されて行ったという。

「こうあるべき」という姿に縛られ本当に自分のしたいことをし続けられるほど人間は強くないよと。自分の人生は親は責任をとってくれないのだから自分の人生を生きていいのだと。親には感謝しているが、戻って一緒に暮らす気はないという。


60年歳近かったと思うのでその人は何年もかけてでも変わることができ他のだそうだ。
なんという既視感だろうか。
でも60年近く生きた人ですら自分に染み付いた価値観を変えることができたということはすごく自分の自信にもなったし、そういう風に悩む人は他にもたくさんいることを確信した経験だった。

その人とはinstagramだけ繋がったが、連絡を直接することはない。
軽井沢で余生を楽しむように自分の好きな生き方を始めたあの女性のことを私は一生忘れないと思う。
いつかその人との出会いで物語がかけそうなそんな不思議な出会いだった。

 

 

 

こんな感じでまだまだエピソードはあるのだが、
たくさんの人と出会う中で自分の価値観が明確になっていくし、
自分の価値観や人格は20代までなら変えやすいし、選ぶことが可能である。
もし、今の自分を変えたいと思う人がいるのならとにかく行動量を増やして、
良い本を読み、話したことのない人と深い話をし、行ったことのない場所に足を運んで見て欲しい。


この記事をどれだけの人が見ているのかはわからないけれど、

雨の降る山口にて、一枚の写真を見て思い出したことを書き綴ってみた。

 

P.S 大手保険会社のライフネット生命の出口社長も「人・本・旅」から学ぶ大切さを若者に説いていた。参考までに追記しておく。

「生産性向上へ『人・本・旅』のススメ」ライフネット生命会長 出口治明 | ZUU online

 

 

 

20歳までで価値観が決まる~価値観が変わった瞬間瞬間~

20歳までで自分の価値観が決まってしまうという。本当なのだろうか。
学生生活で「自分」が作られた経験や人との出会いを思い出してみる(長くなります)
 

〜自分が大学に入る前高校時代に持っていた夢はスポーツ医学を理解したコーチになることだった〜

 
小学校中学校までは内向的で動植物やお絵かきが好きだったけれど勉強も運動も得意な優等生タイプだった。50mを6.8秒で走ったり、体力測定で総合得点では学年女子一位を取ることもあって、ずっと体を動かすことが好きで。話すのは得意でなくてもスポーツを一緒にすることで誰とでも仲良くなれていた。遊び相手がお父さんだったこともあってキャッチボールやバッティングを仕込まれた。いつも男の子には負けたくなくて張り合っていた幼少期だった。
 
高校は進学校に進むが目立つタイプでもなかったし、勉強はできる方ではなかったけれど体育だけは得意で、高校では部活に没頭していた。
顧問の勧めがきっかけで高校2年生からは400mハードルを始めた。ただの道ではなくて障害を一つ一つ超えていく感覚に思いの外ハマってしまい、一倍トレーニングをして個人種目で県大会に出場するまでになった。しかし、オーバートレーニングで腰を壊す大怪我をしてしまう。その骨は一生くっつかないらしい。陸上人生を諦めるか、確率は低いけれど春からの復帰に向けてリハビリと県大会に向けて"走れない"トレーニング生活を選ぶか。そんな衝撃の診断を受けた高校2年の冬だった。
  でも、高校生の時の自分には陸上しか取り柄がなかったのだ。結果、リハビリを選んだ。自分が走ることはできないグランドの隅でひたすら筋トレだけをする虚しい練習の日々。その時に支えてくれ、自分の心に火をつけてくれたのが通っていた病院の理学療法士さんだった。
 
 毎週トレーニングルームも付いているその病院に通った。自分以外にも野球をしている社会人や中学生の男の子が通っていてトレーニングをしているのは励まされた。通院して怪我の経過を見ると同時に、腰の負担をかけず私の筋肉の弱い箇所を中心に補強運動や復帰できたリハビリ患者の話をするなどの私の課題に合った新しいトレーニング方法やメンタル法を教えてくれたおかげで、家に帰ってからは厳しいトレーニングを一人で黙々と続けられた。精神的にも身体的にも今までの経験の中で最も辛かったけれど、その時の自分には"陸上しかなかった"し、 その理学療法士さんの言葉を信じ、自分の腰の回復を信じて毎日トレーニングに打ち込んだ。その結果、春の大会には復帰し、なんとインターハイにつながる大会でチームで唯一県大会に出場したのだった。・・・そんな経験をしてから自分の考え方の根底には、「どんなに困難な目標でも諦めずに続ければ必ず成し遂げられる」という自分の可能性を信じられる思いがずっとあるような気がする。
 
その後の高校生活は、自分のように一番辛い時期にスポーツをする人を精神的にも知識的にも支える仕事をしたいと思い、スポーツドクターや理学療法などの道を考えて勉強していた。
 
 しかし、不幸はそれだけでは終わらなかった。そんな時、センター直前に盲腸をこじらせて腹膜炎というかなり重たい病気になり、死にかけた。(原因は軽症の時の診断で医師に胃腸炎と誤診され、我慢強かったこともあり発見が遅れたのだ)
幸い緊急手術をして助かった。その時本当に人生が終わってしまうのではという猛烈な感情が沸き起こったがそのまま麻酔を打たれ意識が遠のいていった。
 手術が終わり、麻酔が切れ意識が戻って目を開けると両親が泣いていた。私の両親はかなり厳格でなかなか涙など見せないような人であったからその光景は忘れなれない。自分は両親を含めたくさんの人に支えられてきたとか、人生は短いと強烈に思い、「ただなんとなく人生を送るのは勿体無い」「何かしたい」と強く思うようになる。何もしない1日に虚無感を感じ、何もせずにじっとしていられなくなったのはその頃からだろうか。
 
 
ところがセンター前にそんな入院をして腹痛に悩まされながら1ヶ月管に繋がれた生活をしていたものだから5キロも痩せてしまい、受験も身体的にかなりきついく、かつてない点数を取ってしまった。体育系の実技なんて受けれる状態でもなかった。
スポーツで食べていくことは親にも反対された。給与的にも、女性として一生続けて行くキャリアとしても。
病院のベットの上で一人過ごす入院生活な間で考えたのが、一番成績の良かった英語で、自分の親がやっているように学校の先生になり陸上部の顧問をするという道だった。
塾の先生にそんな思いを打ち明け、その先生の母校であった山口大学を知って急遽教員を目指すことになる。
 

〜自分に負けたくない気持ちと人生の有限感が原動力〜

もしこの時の経験がなかったらどうなっていただろうか。
きっと人生が短いと思うこともなかっただろうし、
英語の教員になろうとも思わなかっただろうし、
山口大学を受験することもなかったかもしれない。
目指す手段が教員だっただけで、自分のしたかったことは何かしたいけれど悩んでいる人や落ち込んでいる人を支え、自分の得意な分野でその人に合った方法や知識でサポートし、自己実現に貢献することだったのかもしれない。
 

〜やりたい勉強ではなかった大学で行動力が爆発し始めるまで〜

大学に入って最初は大学の授業が本当につまらなかった。
大学の共通教育での学びが社会の何に役に立つのか分からなかったし、英語の教科教員になりたいと思っている同世代たちとのモチベーションの違いに悩んだ。英語の勉強は好きだけれど、英語を教えることは体育と比べて得意ではなかったことも悩みに拍車をかけた。
こんな授業を受けるために自分はあんなに死にかける中受験を頑張ったのかと。一人暮らしのアパートに帰るたびに涙がこぼれ落ちる日々だった。
今更大学を変えることは入院などで親に負担をかけていたし、再度受験などは親にこれ以上迷惑をかけたくないと言い出すことすらできなかった。
だからやりたいことを学びたいと小学校と保健体育の免許を取得に取り組み始める。(これで卒業要件の免許と合わせて同時に4つの教員免許の取得を目指すことになる。)一方で学外に興味が湧いてボランティア活動やアルバイトにサークルとやりたいことにはほとんど手をつけた。車校にも通い、少しずつ友達も増える中で自分を取り戻していき、大学生のうちにできることは早めにやってしまおうと必死に自分の生きる道を模索していたのかもしれない。
 
大学2年生の夏に初めて海外に行った。
英語がうまく喋れないことがコンプレックスだったため、TOIECの授業で知ったフィリピン語学研修に興味を持った。大学が近年提携し始めたばかりというプログラムで経験者があまりいないものの、欧米に比べると格段に安く、ワンツーマンという授業形態と価格のやすさは非常に魅力的だった。
最初は経済的な理由と安全面の問題で両親にかなり反対された。それでも行きたくてたまらなかった私はアルバイトで留学資金をため、渡航の段取りも決めてから親を再度説得。そこまで覚悟してるならとあっさり親も許してくれた。これが人生最初の親への大きな反抗だった(はずだ)し、親へのわがままは基本通らないと思っていい子ちゃんしがちだった自分が初めて自分にとって「わがまま」を通すことができた経験だった。
その留学の経験が大きく自分の価値観を変えた。初めての未知の場所の中、国政の異なる学生たちとうまくやれた経験とか自分で目的地を決め仲間を集めて旅行に行った経験とか、どんどん喋れるようになる英語とか、普段大学では得られなかった達成感があった。自分が「できる」と感じる幅が広がって、「やればできる」「やりたいことは全部挑戦したい」と思うようになった。
親やお金、世間体などを気にして今まで限界値を決めてしまっていたのは自分だったのかもしれない。
今の自分の根本的な考え方は全てこの20歳までに経験したこの経験に基づいていると思う。
 

〜自分の経験したことが自分の価値観を決め、行動基準を決めていく〜

そのあとから急激に出会いやご縁が増え、どんどん自分のものの考え方が磨かれていった。
国内を旅したり、福岡や大阪のイベントに出ることが増え、
楽しそうに働いている社会人との出会い、
社会人並みにアクティブに行動する個性的な同世代、
人と何かを作り上げる経験、など数々の瞬間があって今の自分ができている、そんな気がする。
自分の人生を歩みたいという原動力はこのフィリピンでの体験からきているように思う。
 

〜自分の価値観を向上させていった経験の要素分解〜 

他にも自分が大きく変わった瞬間が人生の中で数回あった。
その要素にはいくつか共通点があったと思うので自分なりに考察してみる。
 
「小さな成功体験の積み重ねによる自己信頼の創出」
自分の得意な事でコツコツと小さな成功を積み重ねていく事で自分への信頼が蓄積していく
これによって新しいことに挑戦していけるようになる
陸上での練習やたくさんの新しい人と会ってもどの人とも仲良くなれた経験などがそうだ。
 
「自分らしい生き方をして生き生きしている社会人たちとの出会いで得た社会への希望」
夢アワードやユメトーークという若者が自分の将来を考えるイベントで出会った社会人たちのトークライブを聞いた時。仕事をこんなに楽しめる大人もいるのかと衝撃を受けた。自分の中で固まっていた価値観が広がりを見せた。
 
「個性を発揮し活躍している同世代との出会いで得た人生の目標であり応援しあえる仲間の存在」
社会人並みにバリバリ実績をあげていたり、面白いことに挑戦している熱い同世代との出会いで、負けてられない、自分にもできるのではという思いが芽生えた。また、自分らしさって何だろうと猛烈に考えるようになる。

「定期的に志のある学生と語り合う場所」
社会人と学生を繋ぐ起業家が組織するキャリア支援団体や学生団体の集うコワーキングスペース、熱い思いを持った学生の集まるシェアハウスは自分にとって、山口で忘れていた志を思い出させてくれ、自分らしくいられるサードプレイスだった。
戻って来れる場所や共感して来れる場所の精神的安定効果は大きい。
定期的にイベントやそうでない時も博多に行った時は必ず通い、はるばる山口から福岡に来たことから歓迎される空間に感動し、アクティブに活動している学生たちに毎回出会う中で本来の自信と生きるモチベーションを得ていった。

「自己価値が揺るがされ、再確認する場」
一方でポジティブな変化だけでなく、長期インターンでは自分より優秀な学生インターンや優秀な若手社会人、仕事の多さに自信を無くし、自分って何ができるのだろうを強烈に考え落ち込んだこともあった。
社会の厳しさ、上には上がいること、自分ではどうにもできないものがあるのを感じ、無力感に押しつぶされそうになった気がする。
しかしその中で、「人生は競争ではない」し、自分の信念となる言葉や自分の幸せややりがいを大切にして、役割を持って人に貢献することが大切なのだという事を学び、克服していった。
 
 
このような気づきを与えてくれる人や場の影響で
自分の価値観や自分の行動の判断軸が少しずつ構築されていった。
だから出会いの質と数を上げていくために行動量を増やすことが本当に大切なのだと思う。

また、この振り返りで実際に根本的な価値観は20歳までの経験で決まっていたし、
自分がやりたかったことは「何かしたいけれど悩んでいる人や落ち込んでいる人を支え、自分の得意な分野でその人に合った方法や知識でサポートし、自己実現に貢献すること」「今力を発揮できていない人たちの才能を開花させること」だということが改めて分かった。
それはきっとトレーナーでなくても教師でなくても人を導き、気づきを与える仕事なら何でもできるし、大学に入るまでは選択肢を知らなかっただけだということも改めて分かった。

それに自分の得意な努力の仕方は「やり方が分かる事をコツコツとやりづつけ改善していく」のが得意なため、先生やコーチのような存在がいる中で、トレーニングを積んでいくような学びの方法が合っていると感じた。努力の仕方やコミュニケーションの得意不得意は人によって違う。
様々な人の言葉に影響され、できない自分を嘆いたこともあったが、自分に合った方法も今までの経験も人によって違う。そんなことに気づけたのは、本当にたくさんの人に合って、自分の頭で判断して選んで行くのを繰り返していってからだった。
(義務教育の中で何も疑問を抱かずに来た結果、社会で働くとなった時に今まで経験したことのないことで悩んだり、自分の力不足をこれだけ感じるのだから、日本の教育はモラトリアムから時は慣れた瞬間から若者を半殺しにするような社会担っていることがとても恐ろしくも感じるようになった。)
新卒で入る会社は信頼でき進むべき方向や考え方を教えてくれるメンターがいて、目標を立てて地道に改善していくもので成果を出す中で自分の頭で考える訓練ができる場所が良いかもしれない。
 

〜留学に行かなければそのような気づきは得られないのか〜

結論から言うと人生を変えるような気づきを得られる場は
別に留学に行かなくても死にそうにならなくても日本で経験できる。
自分がイベントや人の紹介で出会った人など気づきを与えていることはほとんどは"人"なのだ。
海外という場所でもなく、高い授業料を払う講義でもなく、あらゆる人の人生から学ぶことができる。
海外とういう非日常の中だからこそ自分の記憶に強烈に残っているということは関係しているかもしれないが基本的には自分と異なるコミュニティに所属している人からその学びは得ることができる。
とにかくいろんな人に出会うことは本当に自分の人生において大切だった。 
 

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〜人生を変える気づきを丸々2日間で得られるイベントを開催〜

こんな悩み紆余曲折しまくった自分自身の体験に基づいて、
10/14〜10/15の2日間、山口に福岡や佐賀、島根などから学生を集めて合宿型のキャリアイベントを開催する。(2017年)
自分の経験から学生時代に福岡や東京に行って得た人生を変えた瞬間瞬間を山口で丸々体験できるようなイベントを考えた。
山口で数少ない学生と社会人との繋がり、県外学生との繋がり、地域との繋がりもできるしで山口の大学生のための企画となっている。
普通の就活で紙に書いていく自己分析よりも、多くの人に当出会う中で自分らしさを確認でき、いろんな人生の目標やヒントを得ることができるので、都会まで出て長期インターンなどをしなくても就活の最小限に必要なことは全部経験できる。自分が悩める大学生のために作った学生生活の集大成だ。
自分が悩んだことを何か後輩たちに還元したい。
 

▶︎山口学生合宿コンパス〜Second Season〜 

 

とりとめもなく書き綴ってみたが、この記事がもし同じように悩む人に何かのきっかけになれば嬉しい。

大学5年間を振り返って

 

ちょうど一年前、大学4年生で一通り就職活動を終え、
これから半年で大学生活が終わるというタイミングで大学を休学した。
私の大学生活は4つの教員免許を取得しながらもやってみたいことにとにかく手を出していて、
就活をする時になって初めて自分は何をしたいのだろうと考え、
結局半年間の就職活動では答えが分からなかったからだ。
それから私は東京に趣き、ITベンチャーインターンに飛び込む。
こんな自分の激動の大学生活を改めて振り返ってみようと思う。

入学前

大学を迎える前に自分には三つの試練があった。
一つは学生の間没頭していた陸上の部活を引退してからの燃え尽き症候群
二つ目は盲腸をこじらせ、大腸がお腹の中で破裂し、緊急手術をして迎えた過去最低のセンター試験(悪化した原因は医者の誤診と自分の我慢強さでなかなか病院に行かなかったから)
三つ目は親からの自分の将来への期待だった。

スポーツ・健康や陸上に関わりたいと思いながらも、
インストラクターや理学療法を諦め教員という道を目指すことに。
ただし、最もやりたかった保健体育ではなく英語という科目での挑戦だった。
手術で命の終わりを自身が体験したことで「生きなければ」、「後悔しないように生きたい」という思いはかなり強くなった。

1年目(2013年4月〜2014年3月)

大学は同期が九州大学という九州でトップの大学に
続々と入学していたことに焦りを感じ、授業もアルバイトもサークルも教育ボランティアもとにかく色々やってみた。
1ヶ月ほど経つと英語科の同期のモチベーションとの差に悩み、勉強もつまらなく感じていたことから後悔のどん底
親とのバトルを経て、車校を終えた10月から仮面浪人をするため
ここから本格的にセンター試験の勉強も開始。
ちょうど大学の図書館が工事だったため市内の自転車で20分くらいの市立図書館に通う毎日だった。
大学では小学校系や体育系のメンバーと同じ授業を選択していたため他学科と遊ぶことが多くなる。
進路について親と再度激突。最終的に受験は許されるものの
モチベーションが低下し、こそこそ受験したもののふがいない結果。
山口に残って挽回することを決める。

2年目(2014年4月〜2015年3月)

英語科にいるのになかなか英語力が伸びないような大学の授業に不満を持っていたため、経済学部の教授の主催する講座を受講したり、体育の授業を受講していた。
フィリピン留学を知り、留学を決意する。

フィリピン留学を決めた理由は3つあって、
1つ目は留学費が欧米や欧州に比べて断然やすいこと
2つ目は1on1の授業が多く、スパルタ校とも言われており費用対効果が高いこと
3つ目は単純に東南アジアはいつか行ってみたかったからである。

TOIECの点数というよりコミュニケーションとしての英語を身につけるためと挑戦してく精神を身につけるための留学だった。

旅館のアルバイトを朝晩とにかく入って資金を集めた上で親にプレゼン。
8月中旬から9月中旬の1ヶ月フィリピンのバギオに留学してきた。
経済学部ばかりの山大生30人と韓国人のルームメイトとの刺激的な1ヶ月を過ごし、
劇的に度胸や積極性がついた。
ここから海外の楽しさや外の世界への興味が沸き起こり、行動力が爆発していく。
友人と中国地方の僻地まで電車旅をしたり、
カンボジアの子どもたちに運動会を届ける教育支援プロジェクトへの参加、
旅館のアルバイトの他にブライダルの派遣への登録してバイトに明け暮れ、
授業も上限を外して34単位取り、とにかく時間の有る限り活動していた。

3年目(2015年4月〜2016年3月)

初めてTABIPPOの主催する旅大学に参加し旅行への興味がグッと強まる。
(この頃教育学部の中でもかなり交友関係が広い方で経済学部の観光系の友達が多かった。)
留学生支援室でのアルバイトも始め、初めての教育実習が小学校であった。
自転車で行けてホワイトと聞いていた小学校への実習を戦略的に獲得する。
小学生と全力で遊び、再び教育や体を動かすことへの興味が蘇る。
進路をぼんやり考えていた頃で、一度一般企業もみてみようという思いから夏休みはインターンに行くと決めていた。
インターンと留学時の友人に会う目的で東京・名古屋・京都を旅する。
山口で参加した学生版夢アワードのプチイベントで出会った福岡の起業家の影響で
山口大学の学生で学生団体(企業インターン支部)を立ち上げることに。
授業と全6回のイベントの企画や福岡で行われる学生イベントへの参加に明け暮れる。
一方で友人の陸上サークルの立ち上げに関わり、没頭する。
1月に行われたキャリアイベント夢トークで出会った学生たちの影響で
東京での就職活動を決意し、3月から動き始める。
Oneness Asia Leaders Summitという日本人学生と留学生が各分野の日本のリーダーたちとディスカッションするサミットに参加したことも大きかった。
学生時代で最も密度の濃い半年を過ごす。

4年目前半(2016年4月〜2016年9月)

就活を始めるも見ていたのは教育・人材系。
企業分析も曖昧なままに、自己PRもままならなかった自分は6月まで一社も内定をもらえずどん底に。一瞬引きこもる。
一方で大学のCOC+の事業部の方と話す機会が多く、
大学でベンチャーを立ち上げないかという話をもらう。
女性起業家の講座や地域の活性化の会談に学生ながら参加させてもらう。
自分のアイデアからすぐに様々な社会人に繋いでくれるので爽快だったが、一方であまりイケてる人ではなかったし、自分のやりたい方向性とだんだんずれてきて不安になってくる。
ちょうどその頃山口にカタリバやエンカレッジが入ってくるので手伝って欲しいと声をかけられどっちつかずになり悩む。
この時からまた自分がイベントをしたいという思いが芽生え始め、
8月に合宿をすることを決意し動き始める。
7月にご縁でタイの人材会社から内定をもらい、その終わりには大手損害保険会社の内定をもらい就活を終える。
合宿は学生2人でほとんど運営し、初めてながらかなり反響もよく無事終了する。
その影響で前々から行きたかったタイへのバックパックを急遽決め、2週間ほどタイに滞在し、ダイビングライセンスを取得してから放浪の旅をする。

4年目後半(2016年10月〜2017年3月)

タイの旅では自分の人生にもっとわがままでいいんじゃない?という旅人が多かった。
一方でまだまだ親の顔をうかがってしまう自分の弱さにも気づいた。
自分の人生に責任を持てるようになりたいと思い、
将来を考えるチャレンジとして親に大反対されながら大学を休学。
ITベンチャーでのインターンに飛び込む。
実際の理由は親や友達など自分を全く知らないどこかに行きたかったのと弱い自分を変えたかったから。
ベンチャーとかITといった世の中を変えて行く人たちの中で弱かった自分のマインドを変えたかった。もっと自由でありたかった。
何もかも初めての経験でもがきながらも日々孤独と自分への劣等感と少ない収入の中戦っていた。
ビジネスとは?、マーケティングや経営とは?、なぜ?課題は?・・・
と言ったビジネスのいろはと最先端の領域 シェアリングエコノミー×自然に関わる仕事ができたことは楽しかったが辛かった。
周りの人の圧倒的な個性への劣等感と自分を犠牲にすることが増えたからだ。
それから本を徹底的に読むようになり、
ある社員さんの言葉で自己肯定感の低さや他責に気づいたのもその頃。
変わるために無我夢中だったその頃、自分の限界や意味づけする力がかなり引き上げられた。自分に余裕がなかったので恋愛沙汰はほとんど発展することがなかった。笑
一方で100人の社会人に会うプロジェクトとしてMatcherを使って社会人30人、
知り合いの紹介で20人、イベントや就活の選考で50人ほどの社会人と会う。
何がイケてる自己PRで何を社会人が求めているかが分かった。
オリジナリティのあるエピソードとビジネス用語や基本的なマナー(社会人との共通言語のようなもの)、相手に合わせて聞く力は必須事項だと感じた。
その中で自分が相手に与える印象も分かり、
意図的に声を張ったり、克服系のエピソードを多めに語ったりして就活ノウハウを確立していった。

5目前半(2017年4月〜2017年9月)

休学期間も終わりに近づく。

満を持して行った就活。思ったよりも苦戦しながら
移り住んだシェアハウスで社会人に日々ブラッシュアップしてもらう生活を送る。
リスティング広告を回したりデザインしたりするインターンを行うもモチベーションは低め。
(おそらくデジタルマーケティングのスキルを極めることがゴールになっていたからだ。)
自分のモチベーションはそこではなかった。どちらかと言えば人との繋がりや自分の得意なことではなかったのかもしれない。
最終的にデジタルマーケ系で3社内定を獲得し、
迷いながらも社会人の方に相談しながら、今のところ自分のキャリアにとって有益そうで一番自分の素な部分を認めてくれた一社に絞る。
この中で限られた期間で選択肢を検討し、一旦決めることの大切さ、修正してくことを学んだ。
その後、残りの東京生活何かできないかと参加したイベントで運命の出会いがあり、
小学生のサマースクールに興味からそこの運営会社の人に頼んで
次の日には面談させてもらい社宅を借りながらインターンをすることが決定した。
経済格差による教育格差の打破ができるビジネスモデルに感激し入社まで考えたほどである。
マーケティングというよりは現場を多く経験していったり、
六本木という日本でも指折りの高所得者の子どもや有名私立の学生を目の当たりにし、
ちょうど読んでいたファイナンスや投資の本の影響もあって教育経済学への興味が湧く。
また、自分の楽しいと思うことは小さい頃から好きな体を動かしたり、絵を描いたりすることはもちろん、
自分にとって新しい挑戦や人との関わりであることが明確になったことで、
今を楽しめる選択を意識的にできるようになった。
その会社では度胸があるところと適応力から来る安定感をかなり評価された。
友人との団体で行った軽井沢では障害を持った子供達にとって芸術が大きな効果を与える可能性を肌で感じ、生涯教育への関心や心の豊かさへの興味が湧く。
このあたりからデンマークの教育や大人の教育といったことに興味が湧いた時、
フォレスホイスコーレや民間企業の教育でしか大人を教育することはできないことに気づく。

こんな感じで自分の最後の夏休みは東京で幕を閉じた。
ちょっとの後悔は時間とお金があるうちにヨーロッパに行くつもりだった夏休みを東京で働くことに費やしすぎたことだ。

現在

北九州の実家に帰ってきて日々を振り返っていて思ったのは
自分の大学生活は高校時代に頑張りきれなかった分を取り戻すように
全力で走り抜けていたのかもしれない。あとはたくさんの選択肢を知るために。
今では自分の中での不満も満たされて、幸せだと思う瞬間も増えてきた。
これからもっと人に与えていけることを増やしていけたらと思うが、
それは自分が挑戦し続けているうちは両立が難しいことなのも実感した。


教育に興味を持ったのも環境への他責の念が強かったのもあるし、
自己肯定感の弱さから自分のやりたいことよりも人の求めるものを優先していたところがあったかもしれない。
今となっては何をやりたいのかはなんとなく出てきたけれどまだまだ明確ではないし、
それが自分の幸せとリンクしていさえすればまた変わってもいいと思っている。
夢を持たなければいけないということ自体が日本の一括採用がもたらした脅迫観念なのだろう。

主催していた学生イベントが山口では響かなくて悩んだこともあったが、
生き生きとしている人がいる割合は山口も東京も変わらない気がする。
母数が多い都会では出会いやすいだけで、東京だからすごいことなど本当に限られているのだと思った。


自分は残りの大学生活では入学当初頑張った自分のために
4つの教員免許の取得に必要な残り3つの授業とまるまる残っている卒論に取り組む。
英語教育に興味がない今何をテーマにするか迷うところではあるが、
せっかくもらった内定を無駄にしないようにしっかりと責任を果たして行こうと思う。

※留学とキャリアの関係についての研究をすることにした10/06

最後に

4つとった教員免許も大手の内定を蹴って休学したことも、
住む家がない状態で上京し、たくさんの会社で社会経験を積んだことも今の自分を作る糧となっている。
一番頑張ったことは何か聞かれたら全部と言いたいところではあるがそのどれもに自分らしさがあるような感覚があり、無駄だと思ったことはない。
就活の時は伝えたい自分の印象や相手が共感しやすいエピソードにすればいいのだ。
「自分の得意なことで人に貢献が最大の幸福である」、しかし「自分の大切なものを大切にする」生き方が本当の幸せになるのかなと思う。

教育は自立の支援であり、人を幸せにするが全てではない。それが自分が大学に通ってでた「教育とは何か」の考え方だった。
育てられた親からもらった考えは変えにくいが、多くの人との出会いで自分をなりたい自分に変化させていくことはできる。
「自ら環境を作り出し、みづからを変える」ことが理想の自分になるのに大切なのだろう。
この大学5年間は専門性を身につけることはあまりできなかったが、生涯自分を支える心の剣となってくれそうだ。

辛くなった時はまたこの記事を読み返してみると頑張れそうな気がする。

 

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さてさて残りの半年何をしようかな。

十五夜の見える羽田から山口に帰る朝の便を待つ空港のカフェスペースにて。

人生を変えた出会い~6冊の本との出会い

 

読書の秋ですね。

ということで今日は本について何か書いてみようと思う。

 

人生を変えるほどの出会い

この上京生活で人生を変えるほどの出会いがいくつもあった。
私は東京に来てからと言うものの
就活アプリ、イベント、友達からの紹介、インターンのコミュニティなど本当に多くの人に会いまくっていた。

 


そんな出会いの中で特に自分にとって大きな影響を与えたのは、

とある社長の言葉が本当に良くて...

 

 

 

とかでななく。

 

人から受けた言葉でも心に残っているものは数え切れないのだけれど、

人生を変えるほど自分に衝撃を与える気づきを与えたのは

先人たちの教えの詰まった本の中にある様々な人生の教訓だった。

 

 

抜群に優秀な人生の先輩たちは本当に良い本を知っている

 

何人ものビジネスマンと会ってきたけれど、会う人会う人の情報源を聞いて言った時に


その中でも群を抜いて光っていた人たちに共通していたのは、


本当に「ずっと学び続けており、多くの人が本を読む時間を持っている」と言うことだ。

 

しかも、優秀な人ほど本当に良い本を知っていることに驚いた。

 


本は世の中に溢れているが、実際良い本はその3%ほどしかないと言われている。


その本に出会うために地道に一人で本を読んでいはあっという間に人生が終わってしまいそうである。


人類が一度経験したことはもうだいたいあらゆる情報が出ているし、

先人たちが経験してきた人生の結晶のうち、

特に自分の人生に役立つ分野の質の良い本を読むのが

複数人の経験の集約となり、最も学ぶことができるのではないだろうか。

 

そう考え、今日は自分と似たような経験をした人に刺さるであろう本について

その自分の感じていたことと得られたものと言う視点から紹介して生きたいと思う。


そもそも良い本とは
これは持論だが、そのような本に効率的に出会うのに最も良い方法は、
その道の勉強をするのにおすすめの本や今の自分の悩みの合った本を
優秀な人におすすめしてもらうことである。

特に自分と似ている人、自分の必要としている経験を成功してきた人たちに

常におすすめの本を聞いてきて

特に自分の心に響いた数冊を紹介したいと思う。

 

人生を変えたおすすめの本一覧

 

さあ、才能に目覚めよう

自分が弱みだと思っていたことも強みに。
自分の特徴と付き合いリーダーシップを発揮する方法が書かれた一冊。


これは就職活動の初期に自己PRとかを考えたりするときに学生の就職支援で定評のあるとある起業家の方から紹介された本である。付録のCDには企業がお金を払ってまで使われる"強み診断"ストレングスファインダーを受けられるコードが入っていて、30分ほどで自分の考え方に当てはある項目にチェックを入れていくと自分の強い価値観上位5つが出てくる。

その本はその資質を生かして「リーダーシップを発揮するアイデア」と、

その資質を持ったタイプの「メンバーを巻き込むチームワークを発揮するためのノウハウ」が書かれている。
就活だけでなく、自分のチームでの立ち位置を考え直したり、

自分にあったリーダーシップのとり方をわかりやすく示してくれる一冊だ。

この本は自己肯定感の低い日本人には合っていると感じる。

特に最上志向(今あるものを最大限に生かしたい、何かを極めたい欲求が強い)と呼ばれる資質を持った人のためにあるような本だと感じた。詳しくはこの本で。
今力を発揮できていない人は自分の強みの生かし方が分かっていないだけかも?

 

 

7つの習慣

ビジネスマンでもその他の人格者も実践している習慣7選。
とある会社の人事さんからおすすめされた本。その会社が教科書のようにこの本を社員の育成に使っていた。
アドラー心理学を用いてビジネスマンとして成功する人たちの多くが持っている習慣を解説し、それを習慣化させるまでのステップが書かれている。

「 思考を変えれば、言葉が変わる。言葉が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、性格が変わる。 性格が変われば、運命が変わる。」
と言う言葉からも分かるように理解すれば行動は変わるがそれを習慣化するのは本当に難しい。

習慣化にかかる時間

○行動習慣:21日(約3週間〜1ヶ月)
読書、日記、整理整頓、勉強、家計簿など

○身体習慣:3ヶ月
ダイエット、運動、早起き、禁煙、筋トレなど

○思考習慣:6ヶ月
プラス思考、論理的思考など

「人間は環境の奴隷である」 自分を変えたければ、「時間配分」「住む場所」「付き合う人」を変えること。 最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだとも言われるから納得である。

良い行動を習慣化させるため、成功者の習慣を思考から知り、ライフスタイルを真似ていく意味を感じた一冊だった。

 

自分の小さな「箱」から出脱出する方法

社会にでると「他責」にする人は成功しないって言うけど、多くの人が他責にしがち。
知らず知らずのうちに自分もしているからこそやってる本人は気づかないもの。人をせめてしまいがちだった自分にインターン先の社員さんがおすすめしてくれた本。

気づけて本当によかった。自分と向き合うのは辛いけどちょっと勇気を持って読んで見ては?

人を責めがちな自分を変えたい人に。

 

 

貧乏父さんと金持ち父さん ウォーレン・バフェット

 自分の中のお金の当たり前を覆し、お金が働く概念を知る一冊

本当はやりたいことがあるのにお金にならないからとか

親が反対するからとか言って諦めてしまった人やもっと自由になりたい人にぜひ読んで欲しい。

 

お金とは、時間とは、幸せとは。

世界的投資家ウォーレンヴァフェットが贈る最高の一冊。

 

ずっとやりたかったことをやりなさい キャメロン
「The Artist's Way」翻訳

アーティストもビジネスマンも今の創造性を抑えられている人には読んで欲しい一冊。

 

⑥茶色のシマウマ、世界を変える

 

⑦覚悟の磨き方

吉田松陰の言葉を現代訳で記してある一冊。

松陰の考え方が現代のリーダーシップやビジネスパーソンにも通じることが伺える。

 

 

 

 

 

この本たちはこの一年で自分が空いた時間に読んで本当に自分の物事の捉え方が変わり、生きやすくなったと実感したものである。

時間のあるときに随時更新していこうと思う。
この一つだけを読んで人生が完全に変わったとは思わないけれど、

一つ読むたびに心のリハビリのような感じで考え方が修正されて、

どんどん自分の今まで考えていたことが自分を苦しめていたり、

囚われている思考があることに気づいていった。
そして考え方は無数にあり、正解は人によって違うことも分かった。

 

⑥自分の小さな箱から抜け出す方法

これは他責にしがちな人にその状況を気づかせるのに最適な一冊。
他責にしている上司が起こす問題が
ストーリーに描かれそれをあるコンサルタントによって克服されていく過程が描かれ、自分に当てはめて考えやすい。

 

まとめ

本は過去と未来を読み解くためにあり、本は先人たちの人生の教えのようなものだと思う。
何人もの自分以上の経験をしている人生の先人たちからの思考や知恵を学ぶことは自分の人生で経験したことから学ぶよりはるかに効率か良い。特に本はその人の人生の集大成のようなもの。会ってその人の思考を深く知るのも効率の良い学びになるけれど、本は一人でも学ぶことができる。

自分の人生はとても短いともっと自覚するべきだ。
経験したことからしか学べない人は当然学びの量も質も浅くなる。世の中で成功している人たちは一人の経験だけで成功している人は少ないものだ。
誰しも、師と言われれるような人との出会いがあったり、

為したいことがある人はもっと自分の信念を燃やし、自分の価値観の実現に情熱を注ぐ時間を作るために、もっと賢く生きなければならない。
なんども言うけれど人生は短い。

人が経験から学ぶのは失敗体験から修正を繰り返して成功体験を繰り返すことで自分の中で体系化されていく。
少しずつ先人たちの知恵を自分のものにして、生きやすくなろう。
幸せに生きるための知恵やものの考え方を知ること、これが学びの本質ではないかと思う。

 

一人の時間に没頭する中で改めて気づく自分や考えがあるものだ。
本は自分との対話をしてくれる最も良い先生である。人におすすめされた本は学ぶことが多いが、一番読んで吸収できるのはやっぱり自分が読みたいと興味をそそられている本である。いくつかの本の俺から読むか悩む時は自分の興味のあるものから始めて見るといい。どれだけ尊敬している人から勧められても興味の無い本は頭に入ってこないから。

電車での移動時間や夜寝る前の1時間くらいを人生を豊かにする読書の時間に当ててみてはいかかだろうか。

 

特に、就活生や人生の主導権を取り戻そうとしている人たちには刺さることがたくさんあるのではないかと思うので読んで欲しい。

 

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6ヶ月前は自分が大嫌いだったけど、今は自分のことが前より好きになった話

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田舎を飛び出して変えたかった東京での長期インターンのきっかけと何を考え、何を得たのか、その全貌を綴った

 

今の自分が本当に嫌いで、だからこそ今の自分を変えたかった

 

自分の学生生活は順風満帆だと思っていた。

 

大学入学当初、単位の取得が目的化された大学の授業に意味を見いだせず、バイト漬けの生活をしていた。英語を学びたくて教育学部の英語教育選修に入学したのに、英語も教育の授業はないし、周りの学生も意識は低いし、そんな日々に焦る毎日。そんな時、意識の高い友人に刺激されてフィリピン留学に行って、世界が広がった。
その後、行動力が爆発して後悔ないよう行動しようと一年発起。カンボジアのボランティア、イベント団体の立ち上げなど精力的に活動してきて、
大学3年生まで比較的意識の高い方だと思っていた。当時の自分にとって山口はとても"窮屈"だった。
ある時意識が高く自分よりも優秀な学生や社会人たちとの出会いが増えてきて、「なんて自由なんだろう、もっともっとそんな人たちに会いたい。」、そんな憧れで就職活動をすることにした。「学校という狭い世界よりももっと世の中を知るんだ。」、そういう思いでOB訪問や就活イベントに出て就活生とネットワーキングしたり、就活情報をライングループで流したりして高校と違って好きなことを自由にできて楽しかったし、自分はこんなに動いているのだから大丈夫だろうと思っていた。


軸のない自分、人の期待の中で生きてきた

あるベンチャー企業を東京から地方大学に呼ぼうと企画したとき、就活の中地方の学生のために頑張って企画して集客して「誰かのために自分の就活もあるのにすごいね」「いい活動してるね!頑張って!」そんな応援の声が嬉しくて自分の興味のあった企業の研究もそっちのけでイベントの企画・集客をしていました。目の前の人が喜んでくれることがただ嬉しくて。
ところが、東京の企業に興味のある学生はいても、地方銀行公務員派が圧倒的人気の地方ではなかなか「東京のベンチャー企業」という言葉が刺さらず人は集まらない。どうにか友人の後輩を連れてきてもらってなんとか10人集めたものの、企業さんも2社だけしか集められず、来た友人に一言ずばり。「自分の就活もあるのに人のためになんでそんなにできるのか分からん。」
その時は、自分の力の無さと人のためにしか頑張れないと言われたようでただ悔しくてただただ悲しかった。
誰かのためにイベントをやって今まで成功してきた自分の中でが自分への自信も壊れてしまった。


「〇〇って突っ走るよね。もっと周りを頼ればいいのにさ。」
ただ自分のやったことの否定に聴こえて、期待に応えられなかった、自己肯定感が低くなり、「できない自分」という想いだけが募っていった。

~ひとりよがりの「誰かのために」じゃだれも喜んでくれない、一人じゃ何もできない~
就活が解禁した大学4年4月の出来事だった。

 

お祈り連発の日々~自己肯定感完全喪失

そんな感じで自信も喪失し、何をやりたいのかも明確でなかったので受けてきた企業からのお祈りメール(不合格通知)が続く。
一番興味のあった人材の企業には最終面接で2社落ちた。自分に自信のない人間なんて企業は欲しくないですよね。
 …なんてダメな自分なんだろう。あんなに人の人生の転機や自己実現に関わりたいと思っていたのに自分の人生も変えられない...
自己否定が続いた。そんな中で就活もそこそこに教育実習を迎え、6月の最初に入った週、自分と同じように就活をしていた男子が内定の電話を隣でもらうのを目の当たりにした。友達の内定に素直に喜べず、正直焦りが絶頂でどうしていいのか分からなくなった。実習が終わりアパートに帰る度に知らず知らずのうちに涙がこみ上げていた。


励まされて、ご縁があってもらった内定

そんなとき就活の相談に乗ってくれたのは大手損保に務めて面倒見のいい叔母だった。
自分の会社の話やその周りの会社員の話をしてくれた。自分がもともと作った自分のネットワークから先輩に連絡を取って保険会社の知り合いのつてを当たってもらい、何人もの人からアドバイスをもらって徹底的に情報収集。
結果7月の選考で受けた会社5社のうち1社大手損保の地域職で内定を頂くことができた。しかも、その少し前に、知り合いに紹介された会社の人事の方に会って、なんとタイのベンチャーで働く話も頂いた!
結果はすぐには現れないのだと。本当に努力した人にしか結果は出ないのだと学んだ瞬間だった。

でもそのとき自分の内心は、念願の内定だというのに数週間ずっともやもやしたまま。
なぜ心が晴れないんだろうか、その答えが出ないまま...

 


そんななかで学生最後だと思って開いた団体での学生合宿コンパス。
コンセプトは「人生の指針を探す旅」。後輩たちに伝えたかったのは、自分にとっては何がやりたいのかヒントは自分の心の中にあって、夢がない人でも行動すれば変わるのだと、答えは自分の中にあるんだというメッセージだった。
...これを考えている間は夢中になれる...内定の話を忘れるように没頭して企画から準備までほぼ一人で考え、協力してくれるこに相談しながらやり取りが続く。
イベントが終わってからかなりの達成感があって、ひとつ自分でも答えがみつかったような気がしていた。
人のために何かをするのが好きでそれ以上でもそれ以下でもないこと。まだまだ新しいことを学びたくて挑戦したい自分がいること。田舎にずっと"つなぎとめられる"ことを心からは臨んでいない。人との繋がりが誰よりも好きなそんな自分。
内定先が自分の本心に沿っていないようでもやもやして、自分でも分からなくて。それをずっと解消できなかった。
「何もしなければ今は変わらない」学生最後の夏休み、いてもたってもいられなくなった。


受け入れられず飛び出す~タイ放浪一人旅

そんなとき、前からしたかったバックパックに行くことをふと思いつく。
人生を探す旅に世界に出て行く友人を何人も見ていたし、
タイの企業も行ったこともないのに飛び込んで自分の社会人の最初数年を過ごして搾取されるのはもったいない。
以前から思い立ったら即行動派なので、2週間の往復の格安航空券を予約し、必要な道具をそろえ、不安をできるだけなくすために最初の1週間は日本人案内者と行くタイのダイビングプランに予約し、3万円のお小遣いだけ持ってバックパックひとつでタイに出発した!
親にもほぼ前日に報告したこっぴどく怒られましたが...


そんなタイの2週間は最初は日本人旅行者の急なキャンセルで参加者の女子はひとり、付き添い人と男の子3人とタイでの旅が始まった。
雑多で清潔感のないタイの雰囲気に慣れずに観光地をツアーメンバーと行きながらタイでの生活の術を少しずつ覚えていったのはなんだか新しい挑戦でワクワクしてはいた。
大学時代に派遣であらゆる旅館に派遣され、飛び込んだ先での対応力・適応力は自分の強みが発揮されていたと思う。

島でのダイビング生活はローカルな自然に囲まれのんびりしていて、出会った日本旅行者との道中は個性的で人生を楽しんでいる人が多くてとんでもなく楽しかった。
自分の自然や異文化への強い好奇心が刺激され、終始楽しい。
色鮮やかな魚の泳ぐ海でのダイブは体が喜んでいるのを感じた。
欧米人も集まる観光地で過ごす4日間のスローライフは自分の心を癒してくれた。

しかし、戻ってから始まった一人旅はひたすら孤独だった。
連絡が取れるのはWi-Fiがある限られた建物の中のみ、地図も観光マップはあいまい過ぎてタイの人にも英語が通じない。バスの遅延は当たり前、宿は汚くて外国人ドミトリーが男子と同じ部屋のことも。乗ったタクシーのドライバーはホテルに連れて行きたがるし。。。正直しんどくて、時間を無駄にしているようにしか思えなかった。
病んでるときの自分ってこんなにも決断力もなくて、精神力もないのだと悟った。
その時はただひたすら不安だった。不安がこんなに人の判断力を鈍らせるのだと知った瞬間だった。
どうにか日本人宿にたどり着いて今まで仲良くなった旅友達と再会。
信頼関係のある人と話すことが自分を慰めてくれていた。
自分自身が一人では本当に何もできなくて無力で、でも自分が動いて築いてきた人との信頼関係と自分の勘だけが自分を助けてくれたように感じた。
そこで決心。海外には憧れるけれど「心に不安が立ち込めている状態でタイでは一人で暮らせない」自分の幸せは人との繋がりや自然の中で命を感じること、これがこの旅での結論でした。

 




「やりたければやればいい」という小さな夢への挑戦


日本に戻ってくると、そのころ相談に乗ってくれていた別の学部の教授から度々学生ベンチャーをしないかと起業の話を持ち掛けられた。
このまま就職せずこれを成功させるという選択肢もなくはない。正直願ってもない話でワクワクした。
でも、話を聞くたびに教授のやりたいものはだいたい決まっていて...?


内定をもらっている人たちが遊びだしている様子が分かるTwitterや自分の作った就活ライングループからどんどん退会していく人たちを見ていると、何も行動していない自分の結果が見え嫌で嫌で仕方なかった。でも、何も動けなくて受け身のまま。今の自分を受け入れられないまま時間だけが過ぎていった。

そんなときふとFacebookで寮を出してくれるITベンチャーの長期インターンの求人が目に留まった。
...東京で就活もできて、力も付けれて内定ももらえるかもしれない...?!...
思い立ったら吉で、東京行きの夜行バスを予約するとタイから帰国直後にタイに行ったカバン一つで乗り込み、座談会に参加。
担当に当たった担当のインターン生に想いをぶつけPRしました。覚悟が決まっている分、自分の言葉にも力があり、かなり手ごたえがありました。
数日後、山口に戻っていた自分のスマホに合格のメール。交渉し、フルコミットが求められたのでお母さんにだけ相談して、手続きも学部への面接も書類も自分で完結させ、ほぼ独断で休学を決め夜行バスで15時間かけて上京することになった。これがすべての始まりだった。


このときはただただ自分を変えたかった

なぜ休学してインターンだったのか?
それはとにかく負荷のかかる過酷なチャレンジの方が成長できると思ったから。
自分は他の選択肢を残したら確実に妥協するだろうと思っていたし、過去の経験から自分を追い込んで後戻りできない状態にしておいた方がなんとかするために頑張るだろうと思った。逆境にさらされると人間は成長し、強くなる。必要性を感じ、自分事にするから頑張ることができる。だから休学してそういったきつい環境に飛び込もうと考えたのだった。

さらに、そのインターンの環境は好奇心旺盛な自分が憧れる分野ほとんどに関わっていた。IT、地方創生、インバウンド、事業創造、Webマーケティングベンチャーでもかなりの裁量権があることで有名なそこのインターンならやってみたいことすべてに関われるだろうと。
地方(山口・九州)で支部立ち上げをやりたい、そんなことを入社当時は言いながら圧倒的な成長を求めて飛び込んだ。


"変人"だらけの憧れの東京・忙殺される日々

初日は寮に行くとちょっと変わった眼鏡の女子大生が迎えてくれました。
留学して1年休学していて、今そのITベンチャーインターンをしている先輩にあたる人だとか。そこから寮に向かうと一人の女の子がいて、話してみると面白い。
早稲田大学を中退してベンチャー企業で人事をやった経験があり、今新規事業にフルコミットしている」のだとか...。ぶっ飛んでる。
これから待ちに待ったインターン生活が始まるのだとその時までは心がときめいていた。

ところが入社して最初に自分に課せられたのは3日間のマニュアルという冊子のみ。
椅子に座るとそのマニュアルをこなし、資料の読み込みやテストや設定だけで終わる3日。それからカスタマーサポートで電話対応をやることに。マニュアルの無い中試行錯誤し、ひたすら電話越しに謝る日々。内容もただこちらのサービスやインターン生のミスと思われるような内容ばかり。誰にでもできるし、何か価値を生み出している感覚がなく不満だけがつのっていく日々。
「なんのために自分はここに来たのだろうか...」何も成果という成果が出ないまま2週間が過ぎた。そんなとき、事業部長が自分がカスタマーサポートしかやっていないことに気づいて「もうやらなくていいよ、他の仕事探して!」と言われ、企画部に入ることに。(その時は分からなかったけれどベンチャーでは人を教えている時間が本当になくて自分は誰かに相談もしなかったので誰も気づかずに仕事に追われていたようだった)
そこから自分が関わる仕事が増え、やっと自分の存在価値を感じられるようになってきた。



でも、ここ本当に入れ替わりが激しかった。次々に入れ替わりに入ってはやめていくインターン生たち。
仕事の引き継ぎもめちゃくちゃ。一人で抱える量のタスクではない...。
どんどん自分に降ってきて増えていくタスク。完璧にしようとすると仕事が終わらない。家に帰るのが21時というのが日常だった
優先順位を付け、諦める・捨てるということを覚えられたのは3ヶ月目だった。この時まではただただ自分の居場所が欲しくて、ただがむしゃらに目の前のことをこなしていた。


それでも辞めなかった

こんなに過酷な環境だったのでインターンを辞めることを考えたときは何度もある。
上長(自分の上司に当たるポジション)がいなくなったことが2回。部署が変わったことが4回。辞める人に変わって殺人的に増えるタスク...
(「なんなんだ人を人と思ってない組織は...‼」と憤りを覚え、何度か辞めることを考えたのもしばしば。)
それでも自分は、自分を変えるためにここに来たのだから結果を出すまでは辞められないという思いがあった。ここまで来たら意地だった(笑)他の選択肢があればやめていたかもしれない。知り合いに話すたびに"やりがい搾取"とまで言われていたものだ。

ただ、自分が今までやってきたことの中でこのきつさをしのいだと思うことは2つあって、一つは陸上部時代のリハビリからの復帰経験。400mハードルを専門にして県大会の常連でしたが引退直前の冬に腰をぶっ壊したもの陸上以外に自分の自己実現の方法なんて知らなかったので、徹底したリハビリメニューに取り組み、復帰してから自己ベストしか出さなかった体験。ドラマみたいな復活劇でした。
もうひとつは休学を強行したこと。自分は元来人目を気にするタイプで失敗が怖くて、人にいい顔しかしなかったが、自分の本心に忠実に選んだ決断で親の言うことも聞かずに覚悟を決めてきたことが自分にとっては自分を後押ししていた。自分が本当にやろうと思えばできないことはない。その思いが自分を繋ぎ止めていた。

過去に試練を乗り越えた経験があれば、その自信が自分を後押しするのだと学んだのもこの時。

このインターンの間は長らく、成功体験を業務の中でなかなか積めなかったと振り返って思う。でも、自分にとって好きな「人のために何かをして喜んでもらえたとき」、周りが苦手な事業の「整理整頓をするとき」、「うまい文章を書くことができたとき」など自分の好きなことで困っている人のサポートをできたといったちょっとしたやりがいが積み重なることでなんとか自分を慰めていた。でも、このときはまだ何も成し遂げられていなかったので、精神的にはかなりきつかったこともよく覚えている。

そのころ、地道に配信し、検証し続けて2カ月、少しずつ成果の兆しが見えていたメルマガ。事業でもリピーターからの購入数がどうしても増えないというのが最近の最大の課題と常々言われていました。
「これを成功させたら周りにも認められるのでは?」という思いつきがありました。それを自分のゴールにしました。やれば必ず役に立つことが分かっている。これを自分の成果にしようと決めました。


継続は力なり~初めて自分が役に立ったと思えた瞬間~

自分が最後に配属されたのはマーケティングの部署だった。知識ゼロから取り組んだメルマガの改善。ABテストや仮説に基づいて複数配信を本格的に試行し地道に続けて、営業に成功している体験をフィードバックし続けて2ヶ月目、メルマガが爆発的にヒットした。普段の月の2.5倍の購入数が自分が担当してから一気に入ったのだ。しかも単価が高いものが売れたこともあり、売り上げが一気に増えた。
これまでにない達成感と自信が自分に芽生えてい来た。「ああ、成果を出すってこんなに嬉しいんだ。この達成感が欲しかったのか。」
誰かに承認されてしか得られない達成感でなくて、自分の努力によって着実に生み出した成果。陸上のときと同じように自分自信で自分を満足させられるこの快感。
自分自身が急速に満たされていく感覚があった。

そしてもうひとつの気づきは、努力を継続しない限り兆しも見つけられないし、事業が求めている成果も分からないし、大きな成果を出すことができないということ。
ひたすらどうすれば目の前のことが良くなるか、もがいて諦めずに「努力し続けること」がいかに大事なのかを実感しました。

自分にとって足りなかったのは成果を出すためのPDCAの思考です。いつも途中で頓挫することが多かったから、逃げていたからなにも身に付かなかったのだと思い知らされました。
続けられることは才能だと。半年は続けないと本当に自分にあっているかも分からないのだと。
そして、毎日の日報でKPTを書きだすことでできない自分ではなくて、自分の成長を自覚できるようになっていった。
これはKeep(良かったこと)・Ploblem(悪かったこと)・Try(次にやること)という課題を認識するためのフレームワークです。これがPDCAを回すためにやった中で最も続けやすく、効果的な方法だった。
成功する人は兆しを逃さないのとPDCAを高速で回し止まらないし、徹底的に効果的な打ち手だけを厳選する、これが揃わないと圧倒的な成果などは出すことができないのだと。
半年間何かを徹底的に続けないと何も得られないという自分の仮説が当たった瞬間だった。


自分を支えてくれた言葉

自分を支えてくれたのは、自分の強い意志があったからというよりは様々な人たちの声掛けでつなぎ留められていたようなものだった。
自分が辞めるか悩んでいたときに声をかけてくれたのはシェアハウスに一緒に住んでいた社員さんだった。
自分が何もできないと悩んでいるときかけてくれた言葉が「なんか〇〇ちゃんってこんな自分じゃだめだ、過去の自分いやだって思ってる感じがする。そんな道を選択してきたのも自分なんだよ。失敗した自分も自分は自分じゃん。もっと自分を許してあげな
そのとき、ふっと救われた思いがした。失敗してもいいんだ、それからどうしていくか考えることが大事なのだと。

きっと一人ではこんなつらいことやめていただろう。

「自分が役に立たないって思っているみたいだけど、〇〇ちゃんだからこそ周りに与えている影響があるし、役に立たなければいけないなんてことはなくて、〇〇ちゃんはかけがえのない存在なんだよ。」
「居場所はとか信頼って欲しいと思ってできるものではなくて、目の前のことをこなしていって成果が出て初めてああこの人できるんだ、次これを任せたいっていって仕事ができていくものだよ。」
「分からないってただの思考停止じゃない?正解とかビジネスの世界にはないし、そこからどうしていくか考えなきゃ。」
「今分からないものはこのあともずっと分からないんだからとりあえず行動してみな。」
社員さんから背中を押された言葉はこのほか数えきれないけれど、確かに自分のインターン生活において心の支えになっていたことは間違いない。

大事なものは自分の中にあった

「バケモノのこ」という映画を見たことがあるだろうか?
(自分はこの監督が作る映画のアニメーションが好きなんですが、)
この話の中で登場人物の熊徹が「心の中に剣があるだろ」という話をする場面がある。これに通じることが実世界でもあると思う。

自分自身が好きな人や自分は家族から愛されていると心の中で信じれている人はどんな環境にいても強い。なぜなら、自分自身を守る強力な心の支えやよりどころが自分自身の中に内在化できているから。自分を無償で愛してくれている両親や周りの人がいたら、自分自身を絶対的に愛されている存在と捉えることができる。


この時、その感覚がやっと分かった気がする。自分を信じるというけれど、「自分を許す」、「自分を愛する」ことができると自分の人生を歩むことができる、これは自分の人生じゃないと思うのではなくて、自分自身で自分を受け入れてその上でこれからどうしていくか真剣に考えることができるということだと思う。
自分は人に愛されている、一人でも自分自分は価値のある存在であると心の中で信じることができたとき、孤独感を感じることはないし、自分の心の中に支えとなる「剣」が存在していることを意識できるようになるのではないだろうか。
誰か一人でも自分を認めてくれた人がいたら、その人は自分を認めることができるのではないだろうか。

だから今は怖くない。ありのままで。

今は心に自分の”剣”があるように感じる。今は過去の自分があったから今の自分があると心から思う。
インターンを通して考えたことは自分にとっても、人生の教訓となることが多くて今でも心の支えになっている。
このことを忘れないためにもここに書き記しておこうと思う。
今ではあんなに嫌いだった自分もそんな自分も自分だと思えるようになり、全く価値のない存在などではなかったと思えるようになってきた。だからもう寂しくないし、自分自身のことが好きになった。
だから人に何かを求めたり、期待するようなこともなくなってきたし、人が言っていることが素直に理解できるようになった感覚がある。
自信なんて最初からないものだ。自分のことを否定せず受け止めることができるようになって、初めて本当の自信は付くのだ。


ただ自分に足りなかったものを埋めただけの半年間だったけれど、後悔はない。
これからの人生の歩み方をこの経験を活かして精度を上げていくだけ。
これからも自分を受け入れ、自分の人生だと自覚しながら全力で日々を生きていこうと思う。

 

 人生の時間は限られている。こんな経験をした自分だからこそ、人と人との繋がりで世の中を良くしていきたい、個性を尊重できる人間でありたいと心から願う。